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汽水域 Ki-sui-iki

ローカルとオルタナティブ 浸透し混じり合うところに生まれる生態系

【おんな城主直虎】(5)次郎と瀬名、少女漫画をこじらせる

直虎

第5回「亀之丞帰る」は、いよいよ主演の柴咲コウが本格登場。

 

天文23年(1554年)、次郎法師は民に愛される僧侶として成長していた。

 

今川の権力を背景に井伊家の主導権を握る小野和泉守は、息子・政次と重臣・奥山家の娘を縁組し、二人の間に生まれた子を次代の井伊家当主とすることを提案。しかし、直後に和泉守は急死する。

 

その後、井伊家は信濃に亡命していた亀之丞を呼び戻す。政治情勢の変化により、政次の縁談は破談となる。そして、次郎法師は亀之丞への恋心と僧侶として立場の狭間で悩むことになる。

 

  

主役登場

第5回から主演の柴咲コウが本格的に登場。次郎法師は「竜宮小僧」のようになるべく、僧侶としての学識を生かして民に交じり助けることを修行としていた。「とんちの一休さん」のようでもある。

 

鶴丸改め政次(高橋一生)は、若くして井伊の家老を務め、伊那谷に隠れていた亀之丞(三浦春馬元服して直親を名乗る)も帰還を果たす。

 

一方、駿府にいる次郎法師の従姉妹のような存在(実際には大叔母の娘)の瀬名(奈々緖)は、今川の御曹司・氏真(尾上松也)の妻の座を反故にされていた。

 

そして、瀬名に気のある素振りを見せる三河松平家の人質、竹千代(阿部サダヲ)も顔を見せる。竹千代は、後に徳川家康として直虎、瀬名、さらには井伊家、今川家の運命を握ることになるキーパーソン。ひとりで囲碁を打つ残念な少年だが、現代のプロ棋士も研鑽のために同じ事をやっていると思えば、戦略家として大化けする予兆に見えなくもない。

 

次郎法師、直親、政次、瀬名、家康、さらには今川家の氏真と、物語の中心人物が勢揃いした。いよいよ『直虎』本格始動の回である。

 

伊那谷

亀之丞が隠れていた信州・伊那谷は、現在の長野県南部、飯田市を中心とする地域。急峻な山脈の間を流れる天竜川がつくった細長い谷が続く地域だ。

 

天竜川沿いには秋葉神社浜松市)まで秋葉街道が続いており、河川交通も含めて、井伊家のある遠江国とは交流がある。また、おとなり三河国とも江戸時代には「鯖街道」と呼ばれる街道で繋がりがあった。現在のJR飯田線とほぼ一致する街道だ。戦国時代にも同じところに道が通じていたと考えていいだろう。

 

山あいにある伊那谷は、塩やタンパク源としての魚介類(干物など)の入手が必要で、海のある三河遠江との交易が古くから盛んに行われていた。

 

井伊家の遠江とは政治的な関わりは薄いが、経済的な交流は密にあり、そうした縁から亀之丞をかくまうことになったのだろう。

 

この時代の伊那谷は、信濃国守護・小笠原家の分家が名目上の領主で、その下で亀之丞を預かった松岡氏などの小領主が自らの領地を治めていた。

 

それまで、三つ巴の争いをしていた戦国大名、今川、北条、武田の間に三国同盟が成立したことで信濃の政治情勢が変化する。後顧の憂いが無くなった武田氏が本格的に信濃侵攻を開始したのだ。このことは、後に上杉謙信との間に起こる川中島の戦いの引き金にもなる。そして、伊那谷にも武田氏の力が浸透してきて、亀之丞が戦乱に巻き込まれる危険が出てきた。

 

今川も三国同盟を背景に三河尾張への進出に本腰を入れ出す。北条派だった直満の息子に対する警戒心は薄らぎ、西国進出の先鋒となる井伊家に「飴」を与えておこうという空気もできてくる。そして、亀之丞帰還に強硬に反対していた小野和泉守が急死した。

 

そうした事情が重なって、亀之丞が井伊谷に戻れることになったのだろう。

 

小野和泉守の死

今回、次郎法師の口から「小野家は、流れ者だったのを直平(前田吟)に取り立てられて、現在の地位を築いた」と明かされる。

 

戦国の武士の多くは、農業を基盤とした土着の地縁血縁集団。その結束力は白兵戦では力を発揮するが、外の事情には疎く、文化や技術の進歩に取り残された者が多い。

 

そうした欠点を補うために、外部の人間がリクルートされることは、この時代よくあった。よそ者は他国にネットワークを持ち、情報力が強い。また、最新の技術や知識にも明るい。そして、方言がまるで外国語のようにきつかったこの時代では、諸国を渡り歩いた者はマルチリンガルとして外交でも重宝された。

 

松岡氏が危険を冒して亀之丞をかくまったのも、亀之丞を通じて遠江方面の情報ネットワークを強化したい、という思惑があったからだろう。

 

真田丸』では、叔父・信尹がそれに近い存在だ。もともと、真田氏が武田信玄に重宝されたのも、領地を失い諸国をさまよった経験から他国の情報ネットワークを持っていたからだろう。武田信玄山本勘助織田信長豊臣秀吉明智光秀滝川一益なども、やはり「よそ者」の強みを買われて出世した武将といえる。

 

とはいえ、このようによそ者を積極的に受け入れるのは、領国拡大を目指す戦国大名に多くても、井伊家のような国衆では地縁の力学の方が強く働き、それほど積極的にはなりにくい。その意味では、小野を取り立て出世させた直平は、国衆らしからぬ野心と力量を持っていたと言えるのではないだろうか。

 

もっとも、井伊谷から井伊谷川を下ったところに小野という地名があり、小野氏はもともとこの地域土着の武士だったという説もある。

 

さて、死期を迎えた和泉守(吹越満)は次郎法師の前で、井伊家のためを思い汚れ役を引き受けていたと真情を吐露する。しかし、直後に政次の前では、それも嘘で策略のうちだと言う。

 

息子・政次に言った言葉が本当だと思える反面、女性であり僧侶でもあるため政治の世界から遠い次郎法師だからこそ懺悔の言葉を残せたとも思える。どちらが本当かは分からないし、どちらも本当の気持ちという解釈もできそうだ。

 

最期に和泉守は政次に「おまえも自分のようになる」とダース・ベイダーのような言葉を遺し、暗黒面にとらわれたまま、死んでいく。もしも、和泉守がダース・ベイダーなら、ひとかけら残っていた善良な心が、次郎法師への言葉となって表われたとも思えるのだ。

 

主に泣いてます

蹴鞠で氏真に勝ち、「妻にする」という証文をもらっていた瀬名だが、政略結婚の犠牲となり、約束を反故にされる。そして、数多あった縁談を断り続けていたため完全に行き遅れてしまう。

 

脇道にそれるが、蹴鞠に負けて大事な人質(おとわ)を逃がしてしまったのに、氏真は反省せずに、またできない約束をして破ってしまった。彼の暗愚さを示唆しているのではないか。

 

一方の瀬名は、自らの不遇を呪い、心に般若を抱えることになる。のちに、今川家に起きる悲劇の陰に彼女の行動があるのではないか、と予感させる。

 

とはいえ、一歩引いて見ると、子どもの頃の遊びの約束を信じ続けて婚期を逃してしまうのは、悲劇というより彼女の天然ボケが招いた必然のように思える。そして、長く会っていない次郎法師を唯一の友達と思って文通を続ける様子も、こじらせた文系少女のようだ。

 

その恨みから周囲に悲劇の種をまく薄幸の美しい悪女、というのは瀬名の主観でしかなく、本当の彼女はコメディの世界の住人なのではないか。

 

そして、次郎法師もこじらせている。子どもの頃に生き別れたきりの亀之丞は、彼女の中ではもはや実在の人物ではなく、バーチャルなメディアの中の存在と言っていい。想像の中で成長させた許嫁に恋心を抱き続けるというのは、相当なこじらせ方だ。

 

子どもの頃の結婚の約束も、生き別れた許嫁も、少女漫画の中にしか存在しないモチーフで、しかも抗うことのできない甘美な罠だ。少女漫画の世界に生き続け、その沼から抜け出せずこじらせてしまった次郎と瀬名。そんな痛い二人が巻き起こすさまざまな騒動。これはコメディでしかない。しかし、笑うに笑えない。

 

男の脚本家であれば、こんな残酷な物語は書けないだろう。

 

完璧男子・亀之丞

井伊谷に戻った亀之丞は、子どもの頃の病弱さも、早くに両親を失った心の傷も、まったく感じさせない古典的な少女漫画に登場する完璧イケメン男子に成長していた。

 

まるで次郎法師の妄想が凝結して実体を持ったかのような存在で、実はこれは次郎の夢の中の話だとか、本当の亀之丞は宇梶剛士の顔をしていて次郎だけに三浦春馬が見えているとか、そんなSFを疑いたくなる。それくらいに完璧だ。

 

あまりに完璧な男子は、女の子たちのトロフィーでしかない。妄想を満足させるバーチャルな存在としてはいいが、実在の人間としての魅力には乏しい。

 

もしかしたら、これから先、完璧男子の仮面の下に隠れた亀之丞の傷ついた人格が現れてくるのかもしれない。

 

そして、毎度、亀之丞のために貧乏くじを引かされてきた鶴丸(政次)は、今回もまた外野に追いやられてしまった。政次の賢さは頭の中では状況をきちんと理解し正しい行動をとらせているが、心には大きな穴が開いている。そして、その穴が彼をダークサイドに招いている。そのことに気づいてこちら側に繋ぎとめようとしているのは、南渓和尚だけだ。

 

相似形の黄金三角形

主人公と好きな男子と好きでいてくれる男子。少女漫画の黄金三角関係だ。次郎と直親と政次、そして、瀬名と氏真と竹千代。双子のような二つの三角関係が、これからの物語を転がしていく。残酷な運命は、少女漫画にとらわれた二人の女子をまだ少女漫画の檻の中に閉じこめようとしているのだ。

 

そして、思い出して欲しい。あだち充『タッチ』で、ボクシング部の原田が実は南ちゃんを好きだったことを。それを踏まえれば、傑山和尚(市原隼人)が三人目の男として名乗りをあげてもおかしくはない。うーん、それはあくまで少年誌の展開だね。

 

daichi76y.hatenablog.com

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