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汽水域 Ki-sui-iki

ローカルとオルタナティブ 浸透し混じり合うところに生まれる生態系

【おんな城主直虎】(6)次郎法師ウーマンリブ

直虎

第6回「初恋の別れ道」。直親は次郎法師を還俗させ、自らの妻にしたいと打ち明ける。

 

次郎法師の出家は、井伊家の存続の条件になっていたため、家中は取り扱いに悩む。次郎法師も僧侶の仕事との間で揺れ動く。そんな次郎法師に南渓は、二人の大臣と二つの饅頭の話をする。

 

結局、次郎法師の還俗は見送りとなる。諦めきれない直親は、次郎法師が死んだことにして密かに結婚することを提案し、密かに策を進める。

 

しかし、次郎法師は井伊の跡継ぎの資格を持った僧侶として、今のまま生きることを決断。直親は、奥山の娘・しのと結婚する。

 

 

次郎法師として生きること

直親(三浦春馬)は、次郎法師(柴咲コウ)との結婚を実現するために、次郎法師が自殺したことにして姿を隠し、直平(前田吟)の隠居所がある川名の里で人知れず結婚生活を送ることを提案する。しかし、これは次郎法師が持っている社会性をすべて捨て、直親のために日陰者になることを意味する。

 

井伊本家の娘としての次郎法師は、狂言自殺とともに抹殺される。僧侶としての次郎法師も、領民や井伊家の面々との関係性もすべて消し去り、「過去の無い女」として直親の妻としてのみ生きることになる。

 

直親は、二人の間に生まれた子に井伊の跡を継がせたいと言うが、それはあくまで直親の子としてであって、その子の母親は遺伝子的には井伊の娘・次郎法師になるが、社会的には「名の無い女」でしかない。

 

今川家にもしものことが起きれば、次郎法師は表の世界に戻れるかも知れないが、今の時点でそれは夢のまた夢。一方で、直親の妻でしかない女は、直親に見捨てられることがあれば、「誰でもない女」になってしまう。

 

戦国時代には、井伊家の正統な跡継ぎは次郎法師であって、男性が当主の職務を代行する、という古い時代の考え方が残っていたと考えられる。次郎法師の婿となった直親が当主を代行するのがもっとも安定した形だが、そうでない場合、直親の政治的立場は非常に不安定になる。場合によっては、直親派と次郎法師派に家臣が分裂するかもしれない。今川が、次郎法師を出家させたのも、井伊家をそういう不安定な状態にして力を削ぐためだろう。

 

男は女に社会性を捨て男に従属することを求める。男はそれを愛のためだと言うが、犠牲を払うのは女の方で、男は何も対価を払わない。

 

戦乱の世が長く続くと、男性的な力の強さが価値を持つようになる。そして、女は男に従うことになり、社会的な地位を徐々に失い、家庭の中で男を支えるだけの存在になる。

 

直親は、そうした強い男の象徴であり、その強さが彼の魅力の源にもなっている。直親の妻としてのみ生きることを望むなら、彼は期待を裏切らないし、それはそれで幸せな人生を送れるのだろう。しかし、あくまで「望むなら」だ。

 

「次郎」は代々、井伊家の惣領が名乗ってきた名前だ。リーダーとして井伊家の家臣領民に接し、彼らを代表して外の世界に触れる。社会との関係性によって生かされる名前だ。女であっても出家であっても、そうした社会性を断ち切るな、という南渓和尚(小林薫)の願いが込められているのだろう。

 

そして、次郎法師は「次郎」という社会性を選んだのである。

 

 男は愛に、女は志に生きる

女性が主人公の大河ドラマでは、どうしても恋愛要素が入ってくる。よく考えれば、「どうしても」ということはないのだが、どうもそうなっていた。

 

今までは、男は世の中を変えるために生き、女は愛に生きる、というパターンだったが、『直虎』はそれを逆転させている。

 

直親も政次も、男として自らの社会的立場に則った行動をしようとしているが、どうやら二人とも次郎法師への恋心が捨てきれず、社会的行動がそれに浸食されそうになっている。

 

一方で、次郎法師は恋愛ではなく社会との関わりを人生の軸として立てようとしている。

 

駿府にいる瀬名(奈々緖)と竹千代(阿部サダヲ)の関係もよく似ている。前回、「ひとり囲碁」という特殊な遊びに熱中していた竹千代だが、今回は鷹狩りの鷹が無いのでスズメを調教し、それに成功する。毎回、いびつな形で天才の片鱗を発揮する竹千代。

 

竹千代は瀬名が好きだが、瀬名は竹千代に男性としての魅力を感じない。しかし、瀬名は世界中でただひとり、竹千代の武将としての才能を発見してしまったようだ。そうした形で、瀬名は竹千代に惹かれていくのかもしれない。しかし、それは厳密には惹かれているのではなくて、彼を通じて社会的な自己実現の可能性をたぐり寄せているだけなのかもしれない。

 

 サイコパス・直親

今回、ついに直親が不気味な裏の顔を垣間見せた、かもしれない。

 

直親は次郎法師との秘密結婚計画を立案し、実行する。井伊家の人々にはまったく計画を漏らさず、完璧に計画を進める。そして、計画に協力的で、なおかつ計画遂行に必要な能力を提供できる直平をピンポイントで協力者に選んでいる。井伊谷に戻って間もないというのに、人々の人間性や関係の力学を見抜いて、水も漏らさぬ計画を立案実行するところは、天才を通り越して、悪魔的とさえ思える。

 

表向きは明るく誰からも好かれるが、裏では欲しいものを手に入れるために手段を選ばず、それを成功させるだけの天才的能力がある。そして、裏の性格が表の顔に影を落とさないのは、裏でどれだけひどいことをしても罪悪感を持たないからだ。これは、ある種の異常人格だ。歴史的に偉大な業績を残す人物がいる一方で、連続殺人鬼などにもよく当てはまる。

 

直親も、実はそういう人格かもしれない。

 

政次(高橋一生)がただ一人、その可能性を見抜いている。幼少期の苦しい体験がそうした人格を作り出したのだと思っている。一方で、それは自分の嫉妬による妄想かもしれない、という思いが政次を苦しめる。そして、こういう異常人格者をひとりだけ見抜いてしまった人物は、やがて追い込まれ抹殺されてしまうのが常だが、政次はどうだろうか。

 

この二人の関係は明らかによそよそしい。子どもの頃のような、親友として打ち解けた場面が無い。公式の場ではできないとしても、二人きりになればざっくばらんな口を利いてもいいはずだ。二人とも次郎法師にはそうしているではないか。

 

心を開くことは、相手に自分をコントロールされることになる。だから、自分は心を開かずに相手に心を開かせたい。直親も政次も、呼び水を向けている。そして、自分も同じ事を考えているだけに、相手が何をしてきたか気づいている。

 

この二人のあやうい関係が、この後、悲劇を招き込むような気がしてならない。

 

daichi76y.hatenablog.com

 

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