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汽水域 Ki-sui-iki

ローカルとオルタナティブ 浸透し混じり合うところに生まれる生態系

帰ってきたヒトラー

映画

2014年のドイツ・ベルリンにナチスの独裁者、アドルフ・ヒトラーが突如、復活する。原因は不明。ヒトラー自身も自分が70年後の未来にいることに戸惑う。

 

失業中のテレビ・ディレクターに拾われたヒトラーは、「そっくりすぎるそっくりさん」としてYouTubeの人気者からテレビのスターになっていく。

 

 

表向き、彼は強烈なブラックジョークのお笑い芸人と受けとめられているが、実際には多くの庶民が彼の思想に共感している。そして、彼を批判すべき人々は、儲け主義と表現の自由への寛容さを示すため(これも実はインテリとしてのエゴなのだ)に彼の活躍を許容してしまう。

 

ヒトラーは狂信的だが、非常に頭のいい人物として描かれる。新聞やインターネットから情報を得て数十年のブランクをすぐに埋めてしまった。(それでも彼がその思想を改めないのは、きっと現代社会の方に問題があるのだろう。)そして、現代は1933年のナチス躍進の時代によく似ていると見抜き、ひそかに野心を燃やすのだった。

 

2015年ドイツの作品。英国のEU離脱とトランプ大統領の誕生を経験した2016年から見ると予言的に見えるが、ギリシャ危機、難民問題、右派政党の躍進など当時から今日の事態を予測できる要素はあったのだろう。そして、何よりヒトラーという怪物を生み出したのは、他の誰でもなく民衆であることを描いている。

 

しかし、そうした重たいテーマをコメディに昇華して表現したのはさすがといえる。この作品で笑っていいのか悪いのか、笑っているのは誰で、笑われているのは誰なのか。そうした踏絵になっているのかもしれない。

 

ヒトラーは画家を志して夢破れ、政治家を志した。作中のヒトラーも絵は下手だ。

 

映像製作の資金不足を救うため、彼は似顔絵で金を稼ぐことを買って出る。意外と好評だったのだが、それは絵が下手過ぎていい味が出たからだった。

 

きわめて賢く、他人の心理を読み巧みに操るヒトラーも、自分の絵のまずさ加減にはまったく気づいていないのだ。そのことが恐ろしい。

 

このエピソードは軽いジョークのように見えて、実はヒトラー的なものの恐ろしさを端的に表現しているのかもしれない。勘違いとボタンの掛け違え、そして、すべてが計算されているかに見えて実は巨大な盲点をはらんでいるということ。

 

興味深いことに、ヒトラーは左派政党と目されている緑の党を絶賛する。ドイツの国土と国民を守ろうとしているからだ。当時も現在も右左で主義主張を割り切れるものではないのだろう。そもそもヒトラーの政党も「国家社会主義ドイツ労働者党」という左翼っぽい名前だった。

 

一方、右派政党や右翼団体ヒトラーは厳しい。だいたいに彼らは愚かで、簡単にヒトラーに言い負かされてしまう。そして、勇ましい言説とは裏腹にたいてい見栄えが貧相だ。

 

しかし、ヒトラーにとっても誤算だったのは、「ドイツの悪口を言った」としてスキンヘッドの連中の怒りを買い襲撃されてしまったことだ。まさかここまで愚かだとは予想できなかったのだろう。

 

彼らは右翼の中でももっとも頭の悪い連中として描かれているが、「日本死ね」という言葉に脊髄反射的に不快感を表明する人々も、立場や教養があるように見えて、実はスキンヘッドと同じレベルなのだろう。ヒトラーなら、なんと言うか。

 

なお作中には、時折、顔にモザイクをかけられた人が登場する。それについては何の説明もないが、どういう人なのかなんとなく想像がつくようになっている。そして、そういう人々が一般人に混ざって普通に生活をしている。そんなブラックジョークに貫かれているのが、この作品。

 

笑っていいのか分からないが、怒り出してしまったらそっちの方が深刻だ。

 

帰ってきたヒトラー(2015/ドイツ/ギャガ)

原題:Er ist wieder da

監督:デビッド・ベンド

出演:オリバー・マスッチ、ファビアン・ブッシュ