汽水域 Ki-sui-iki

ローカルとオルタナティブ 浸透し混じり合うところに生まれる生態系

【おんな城主直虎】(41)万千代の策ふたたび破れる

第41回「この玄関の片隅で」では、万千代の策動がふたたびおとわを騒動に巻き込む。

万千代が草履番の後釜として育てることになったのは、ノブという中年男だった。ノブは特異な才能を発揮し、武田との戦に大量の材木が必要だという情報を入手する。万千代は材木を井伊領から調達し自分の手柄にしようとするが、近藤との関係悪化を懸念するおとわは家康に手を回して近藤に材木調達を命じさせる。そして、新たに近藤に仕え始めた六左右衞門を材木伐り出しの任に押し込み、信頼を獲得させる。手柄を潰された万千代は来たる戦で初陣を飾れず、留守居を命じられてしまう。

 

 

本多正信という男

三河西部、矢作川下流の平野は、家康(阿部サダヲ)の先祖である安祥松平氏とその家臣団の根拠地だ。室町から戦国期にかけて河川流域の低湿地帯の農地化が進み、そのことが松平氏の飛躍を支えたと考えられる。

 

同時にこうした新興農業地帯は一向一揆の根城になった。当時、新興宗教だった浄土真宗は、商工業のような新産業や低湿地の開拓で新たに起こった新興地主階級に浸透していった。そして、守護などの旧勢力から自分たちの利権を守るために宗教を介して一揆を結んで対抗した。その典型が手取川流域の加賀一向一揆だ。そして、矢作川流域の西三河も同じ地政学的特徴を持っていた。

 

その意味では、戦国大名・徳川氏と三河一向一揆矢作川流域開拓が生んだ双子であり、対決が宿命付けられた関係だったのだろう。

 

家康は一向一揆を制圧し三河の支配を握ったが、家臣団の半分が一揆に加担する激しい戦いだった。家康は一揆に参加した家臣の帰参を許すが、権力基盤の弱かった当時の家康にはやむをえない選択だったのだろう。しかし、中には徹底抗戦し国外に逃亡した者もいた。その一人が本多正信(六角精児)だ。

 

徳川軍団のような閉鎖的で関係性が濃厚な共同体では、残った者の罪をうやむやにするために外へ去った者にすべての罪がなすりつけられることが多くある。あるいは、罪を背負わされたために正信は逃亡せざるを得なかったのかもしれない。

 

徳川軍団の憎悪を一手に引き受けた正信だが、家康はその才能を惜しんだのだろう。「鷹匠ノブ」という卑しい身分を隠れ蓑にして、自らの近くに呼び戻した。

 

正信は謀将として農村的健全性を道徳観とする徳川軍団が嫌がる汚れ仕事を引き受けて、家康の天下取りを大いに助けることになる。しかし、そのことが正信に対する家臣団の憎悪を増幅させ続けていくことになる。

 

万千代(菅田将暉)こと後の井伊直政が光の軍師として日なたの道を歩むのに対し、正信に与えられたのは日陰に身を置く闇の軍師の役割だったのだ。

 

万千代と正信と家康と万福

万千代と正信という後に家康を支える二人の軍師が新旧の草履番として顔を合わせたのは偶然ではないだろう。草履番は身分は低いが、徳川の家臣たちと毎日、顔を合わせる仕事だ。それぞれの性格や人間関係もおのずと分かり、公開範囲の限られた機密情報にも聞き耳を立てることができる。

 

機械学習するAIのような方法で草履を並べる順番を予測し、巧みに重臣だけの会議の内容を聞き出した正信は、家康の意図を正しく把握し、その特殊な立場を見事に使いこなしていると言っていい。草履番は掃き溜めのようなポストではないかと疑う万千代とは雲泥の差がある。

 

万千代は正信に草履番の仕事を教えることになっているが、家康の真意は万千代に正信のやり口を学ばせようとしているのかもしれない。

 

万千代は策を好むが小賢しい技を多用し、そのすべてを家康に見抜かれている。しかし、家康は万千代を泳がせては、怪我をしない範囲で失敗を重ねさせている。どれだけ家康にはね返されても、諦めなければ負けないと何度でも挑戦する万千代のポジティブ思考も驚異的だが、それもそういう万千代の性格も見抜いてやるに任せている家康の深慮があってこそだ。

 

そして、上昇志向のあまり正信を軽んじて、その能力を見抜くことができなかった万千代とは対照的に、万福(井之脇海)は正信ともすぐに意気を通じたように誰とでも仲良くなり、万千代が見落としてしまったことを拾い上げることができる。万千代とは才能の種類が異なるが、それが万福の賢さであり、それが万千代に足りないものを埋めて、彼を助けていくのだろう。

 

おとわ対万千代

武士と農民がはっきりと分かれ、国替えが頻繁に行われるようになるのは、まだ先の時代。この頃の武士は農園経営者でもあり、領地領民とは地縁血縁など様々な縁を通じて密接に結びついていた。特に、井伊家は平安時代からこの地で500年続いた古い家でもある。

 

徳川時代になって近藤(橋本じゅん)が新領主としてやってくるのは、外国の軍隊が進駐してくるようなものだっただろう。お互いに勝手も分からず、衝突が起きることもある。

 

そうした状況で、おとわ(柴咲コウ)は近藤と領民、あるいは中野(矢本悠馬)たち井伊の旧臣との間に入って円滑に権力移行を行い、行政を進めている。近藤を操る陰の領主という評価もうなずける。しかも、近藤に警戒を抱かせないように温和な態度を使うところなどは、城主時代からの成長がうかがえる。

 

しかし、万千代が井伊の家名を復活させたことで、おとわの周辺は急に騒がしくなってきた。

 

井伊領を治める近藤にとっては、万千代に領地を取り返されるのではないかという疑念が湧く。水堀を作るなどの今までの公共投資がすべて万千代のためのものになってしまっては、近藤にとってはいいように使われたようでおもしろくない。さらに中野の弟、直久(冨田佳輔)が井伊の縁者の松下家に養子に行き、代わりに井伊の重臣、奥山六左右衞門(田中美央)が戻ってきた。近藤の周りの井伊濃度は確実に高くなっている。

 

近藤のストレスは井伊の領民や旧臣たちに向いてしまう。それをおとわは、どうにか抑えなければならない。おとわの思いとは裏腹に、南渓(小林薫)や祐椿尼(財前直見)らは万千代の出世と井伊谷への帰還を望んでいる節がある。非常にやりにくい状況だ。

 

井伊領から材木を伐り出す策は、万千代にとってはあくまで徳川家中での出世のための策だったかもしれないが、おとわからすれば近藤の行政権への挑戦であり、おとわが苦心して築き上げてきた井伊領の新しい秩序を破壊する行為になる。

 

おとわは家康に手を回して材木伐り出しの仕事を近藤に与えると、六左右衞門を奉行に押し込んで近藤の信頼を獲得させた。一石二鳥のウルトラCだ。しかし、三鳥目の万千代だけがわりを食らってしまった。

 

おとわと万千代。異なる未来を掲げる二人は衝突をしてばかりいる。どちらの思いが叶うべきなのか、それも分からない。しかし、戦国の荒波はまた井伊の人々に襲いくる。二人が手を携えて立ち向かう日もいずれ来るにちがいない。