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【おんな城主直虎】(26)唇亡ぶれば歯寒し

第26回「誰がために城はある」では、今川が気賀に介入してくる。

 

直虎は謀反の疑いが晴れる。今川氏真は、井伊の材木を使って気賀に城を築き家臣の大沢を城主に入れようと画策する。自治が侵される懸念に気賀の街は賛成派と反対派が争う事態になる。仲裁に入る直虎。方久は、井伊が気賀の城に入る策を提案する。

 

  

気賀の城に群がる人々

気賀の築城騒動だが、実際にはこの頃、気賀の対岸にあたる都田川左岸に堀川城、刑部城の二つの城が築かれたようだ。

 

大沢基胤(嶋田久作)は浜名湖東岸、堀江城に居を構える国衆。堀江は浜名湖に突き出した岬地形の土地にある。難攻不落の地勢だが、井伊家などに比べて領地は狭く、農耕に適した土地もそれほど広くはなさそうだ。むしろ、浜名湖の水運を経済基盤とした新興の武士だったのではなかろうか。そうであれば、商人の街・気賀を治めるにあたって、「流通・商業に明るい」として今川から白羽の矢が立っても不思議ではないし、気賀を押えて浜名湖の流通を支配することは、大沢氏自らの利権拡大という目的にも合致するだろう。

 

気賀の町衆と会談に臨む武士たちの中で、中安兵部(吉見一豊)は大沢の家臣だが、山村修理(相島一之)、尾藤主膳(朝倉伸二)竹田高正(長尾卓磨)といったところは、気賀周辺の土豪らしい。地侍、給人といったごく小規模な土地を持った武士が、大沢の先棒を担ぐ形で出てきたようだ。彼らもこの機に、気賀の町の商業利権に食い込みたいのだろう。

 

ちなみに相島一之は、ご存知、東京サンシャインボーイズ、吉見や朝倉も刑事ドラマの常連。モブにしては、役者が大きすぎる。おそらく、気賀をめぐる騒動だけでなく、その後の今川と徳川を巻き込んだ争いにまで彼らが重要な役割を果たすことになるのだろう。

 

今回の気賀への築城と町の自治への介入は、武田氏に対する塩止めを徹底するためとしてあるが、それはあくまでも名目上のこと。目的は大きく二つある。

 

ひとつは、戦国大名による領国一円支配の実現。つまり、今までは治外法権的に自治を認めていたのを、今川の代官を入れて支配下に置こうということだ。

 

古くから寺社地をはじめ、武士の支配が及ばない治外法権の場所が慣例的に認められてきた。自然発生的にできた都市もそうした場所のひとつだ。しかし、戦国大名が力をつけてくるにつれ、都市を支配下に置き、面的に均一な領国支配を実現しようという動きが強まってくる。つまり、戦国大名・今川氏の権勢拡大のための一連の施策のひとつとして行われたということだ。

 

もうひとつは、徳川に対する備えだ。現実的にはこちらの方が大きいだろう。

 

浜名湖南岸の東海道は、狭いながらも海と繋がる水道で断絶されている。そのため、北岸を通る本坂通の方が大軍を運用が容易になる。三河国境の本坂峠を越えるとすぐに気賀だ。つまり、ここで徳川の軍勢を迎え討たなければならない。

 

実際に、反今川派の町衆からは、「西三河の国衆を引き込む」という旨の発言があった。大名勢力の境界地域では帰属があいまいで、生き残りのためには隣国と手を組むことも辞さず、といった考えは誰もが持っていただろう。そして、この時代の商人というのは江戸時代以降の商人とは違う。比叡山延暦寺本願寺が寺であっても大名と肩を並べる政治勢力だったように、気賀という町も政治性を持った一個の勢力だったのだ。

 

今川氏が警戒したのは商取引の内容よりも、この政治性だ。徳川を迎え討つ城を築くとともに、気賀が徳川に寝返らないように監視をする、というのが築城の大きな目的だったのだろう。

 

 政次と方久の気賀政策

政次(高橋一生)が止めるのを聞かず、分裂した気賀の町衆の和解に向けて周旋に乗り出す直虎(柴咲コウ)。

 

いつもは感情で動く直虎を政次が理性でたしなめるのだが、「唇亡ぶれば歯寒し」というから、この場合は、政次より直虎が正しい。気賀は井伊領に隣接しており、河川を通じて流通でも密接な関係がありそうだ。政治的・軍事的に見ても、経済的に言っても、気賀のリスクは井伊のリスクになる。

 

政次は、今川との軋轢を避けるために外部不介入のモンロー主義でリスクを回避しようとする。これは、今川派という外向けのポーズもあるだろうが、直親を殺されたトラウマによるところが大きいのではないだろうか。

 

しかし、リスク回避を最優先にすれば、井伊は今川から離れられず、ともに滅びることになる。政次は今川に対して面従腹背の姿勢を取っているつもりでも、今川への恐怖のために井伊家を今川の側に留まらせようとしてしまうのではないか。いざというときにリスクを取る選択ができるだろうか。

 

一方、方久(ムロツヨシ)は積極介入派だ。これは井伊家のためというより、彼自身の商売、そして、井伊家の中での彼の居場所を守るための選択だろう。動機はともかく、気賀を守ることは井伊家を守ることに十分なりうる。

 

ともかく、気賀まで大沢に出張られることは、井伊にとっても面倒きわまりない。方久の言うとおり、井伊が城に入って気賀の支配を実質スポイルしてしまえばいいのだが、果たしてそんなことができるだろうか。

 

そして、遠江の状況はひどく複雑になってきた。井伊家の周りには、大沢があり、それに従う山村らの武士があり、気賀も自らの思いで動く。三河国境の向こうには三人衆がいて、曳馬には松下常慶(和田正人)の実家の松下氏がいて有事にどう動くか分からない。

 

新しいプレイヤーがどんどん登場して、これが飽和していつかははじける。誰が敵で誰が味方なのか、敵の敵は味方でよいのか、そのときにならないと分からない。

 

アキレスと亀のように、臨界点に向かってどんどん時間の流れが遅くなっていく。