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【NBA】クリス・ポールの移籍でロケッツは優勝候補の一角に

リーグ最高のポイントガードクリス・ポールが大型トレードでロケッツに移籍。ロケッツは一躍、有力な優勝候補になった。しかし、ポールはジェームズ・ハーデンと共存できるのか?疑問について考えるとともに来季のNBAを展望した。

 

 

1対7のトレードでロケッツへ

現地6月28日、1対7のトレードが成立し、クリス・ポールがLAクリッパーズからヒューストン・ロケッツに移籍した。今オフ最大のブロックバスターなトレードになることは間違いない。

 

交換で、クリッパーズが獲得したのは、パトリック・ベバリー、サム・デッカー、モントレズ・ハレル、ダレン・ヒリアード、ディアンドレ・リギンズ、ルー・ウィリアムズ、カイル・ウィルジャーの7選手。それに加えて、将来のドラフト1巡指名権と金銭も得た。

 

トレードの形式を取っているが、この移籍劇はクリス・ポール側が主導したものだ。

 

クリッパーズはポールとともに5季連続で50勝以上という偉業を達成しているが、地区決勝に進出したことがなく、優勝に向けて躍進する勢いが停滞している。32歳になるポールは悲願の優勝へ向けて残された時間が少なく、優勝に向けて手詰まりになったチームに見切りを着けた形だ。

 

クリス・ポールは残り1年の契約をプレイヤー・オプションで持っている。つまり、あと1年クリッパーズに残ることも、今夏、契約を破棄してフリーエージェントになることも選択できる。クリッパーズはトレードを受け入れることで、見返り無しでポールを失うことを回避することができる。そして、ポールにとっても今季FAでロケッツと契約するより、トレード移籍してロケッツと再契約した方が、高額の契約を得ることができる。

 

ロケッツは優勝候補に

クリス・ポールはリーグで最高のポイントガードだ。今季、ポールがコートにいるときといないときの得失点差はプラス20点で、レブロン・ジェームズを抑えてリーグ最高だ。他にも2人のオールスターを抱え、リーグの強豪であるクリッパーズにこれだけのインパクトをあたえるのは驚異的。個人スタッツでポールを上回る選手はいくらでもいるが、チームを向上させる力ではポール以上の選手はいない。

 

一時は、サンアントニオ・スパーズへの移籍が噂されたポールだったが、最終的に選択したのはロケッツだった。

 

スパーズは20季連続でプレイオフ進出を続けるエリートチームだが、3季続けて優勝から遠ざかっている。ティム・ダンカンの引退に加え、ジノビリ、パーカーという黄金期を支えた選手の高齢化により、カワイ・レナードの負担が大きくなっている。プレイオフの常連であり続けるには十分だが、もう一度優勝を狙うためには大きな変化が必要だった。

 

一方、ポールが選んだロケッツは一躍、優勝候補の一角に躍り出た。ロケッツにはリーグ屈指の点取り屋でオールラウンダーのジェームズ・ハーデンがいて、今季の最優秀監督に選ばれたマイク・ダントーニの攻撃システムは、非常にユニークでありドラスティックであり、リーグの最先端を行っている。そして、主力を含む7選手を放出したものの、今季の躍進を支えたチームのコアを温存することに成功している。

 

飛び抜けてハイパワーなウォリアーズとキャブズの間に割って入るチームがあるとすれば、それはロケッツだろう。

 

ポールはロケッツでも活躍できるのか

ポールとハーデンは、ウォリアーズのスプラッシュ・ブラザーズ(ステフィン・カリーとクレイ・トンプソン)を上回るリーグで最高のガードコンビになるかもしれない。しかし、それほど簡単に事は運ばない。クリス・ポールがロケッツという新天地でも今まで同様の力を発揮できるのか、という疑問がある。

 

ボールのシェア

まず、ボールのシェアが問題になる。優秀な選手をどれだけたくさん集めても、ボールはひとつしかない。シュートを打てるのもひとりだけだ。優秀な選手ほどたくさんボールに触りたがる。特にポールとハーデンは、自らがボールを持ってオフェンスを始める選手だ。

 

そして、ハーデンは今季、ポイントガードにポジションを移すことで大きく進化した選手だ。それが、ポールの加入で再びシューティングガードにポジションを戻すことになる。

 

しかし、メリットもある。ポールとハーデンのどちらかが必ずコートにいる状況を作り出せることだ。

 

30代のポールが健康でシーズンを過ごすためには、プレイタイムを30分程度に限定するのが理想的だ。そのためには、ポールのいない15~20分をハーデンがポイントガードでプレイし、残る20分程度の時間をポールの脇でシューティングガードとしてプレイすればいい。そして、ハーデンのいない10分強の時間は、ポールがチームをリードしてハーデン不在を補うことができる。

 

つまり、ボールを奪い合う状況になるのではなく、ハーデンの時間、ポールの時間、共存の時間という多様でバリエーションに富んだ攻撃を作り出すことができるかもしれない。

 

トランディション・ゲーム

ロケッツのトランディションの速い戦術は、ボールシェアの問題を緩和するかもしれない。切替えが速ければ、自ずとシュート機会が多くなる。パイが大きければシェアする分け前も増えるから、各選手のシュート数が減ることによるストレスは和らげられるかもしれない。

 

ロケッツへの移籍はポールの希望に沿ったものだ。インテリジェンスの高いポールのことだから、ダントーニのシステムでハーデンとともにプレイすることのメリットとデメリットはすでに計算済みなのだろう。

 

ポールはハーフコートゲームのプレイメーカーとしても優れているが、本来、オープンコートのゲームも得意としている。ロケッツのスタイルに適応し、それをより高度なものに昇華することができるという確信がポールにはあるのだろう。

 

使われるプレイ

ハーデンとポールは、自らボールを持って攻撃をクリエイトしていくタイプの選手だ。しかし、二人が共存していくためには、「使われるプレイ」を増やしていかなければならない。

 

ポールとハーデンに「使われるプレイ」が少ないのは、今までその機会に恵まれなかっただけかもしれない。二人ともキャッチ&シュートの3点シュートの確率は高い。一方がピック&ロールを行うときに、もう一方がウィークサイドのコーナーで待ち受ける形を取れば、ディフェンスにとって大きな脅威になるだろう。

 

また、ポールがボールをハンドリングしているときに、ハーデンがスクリーンを使ってリムにカットするプレイを増やしてもいいかもしれない。

 

サポーティングキャスト

ロケッツはこのトレードで、ルー・ウィリアムズ、ベバリー、デッカーといった選手を放出した。しかし、ハーデンを支えるチームのコアは残っている。センターには成長著しいクリント・カペラがいて、フォワードにはサイズとシュートレンジを兼ね備えたライアン・アンダーソンがいる。そして、もう一つのフォワードのスポットは、攻守に優れたベテランのトレバー・アリーザが埋める。ベンチにはシックスマン・アワードを獲ったエリック・ゴードン、そして屈強なネネが控える。

 

欲を言えば、ベバリーに代わって相手エースを潰す守備の上手いガードの選手、若くて足が速いフォワードの選手あたりをベンチに加えたい。しかし、そういった選手はサラリーキャップに関係無くFA市場から十分に補充ができる。チャンピオンリングを狙えるチームであれば、サラリーに関わらず加わりたいという選手も少なくないはずだ。

 

もしも、ニューヨーク・ニックスがチームの再建計画を先延ばしにするために、カーメロ・アンソニーとの契約をバイアウトするならば、ロケッツはベテラン・ミニマムの年俸で彼をチームに加えることができるかもしれない。

 

ディフェンス

そして、ロケッツの最大の弱点はディフェンスだ。トランディションが速いことは言い訳にならない。

 

ここでも、クリス・ポールのリーグ屈指の守備能力とリーダーシップが頼りになる。ハーデンとともにプレイし、出場時間を制限することで、ポールは本来持っている守備の力に今まで以上にエネルギーを注ぎ込むことができるようになるかもしれない。そして、集中力が途切れがちなロケッツディフェンスを鼓舞する役割もポールには期待できる。

 

クリッパーズの未来

ポールがいなくなったクリッパーズは、ブレイク・グリフィンと新しい5年契約を結んだ。グリフィンとジョーダンを中心に新しくチームを作り直していくことになる。新たに7人の選手が加わりロスターは過剰だが、サラリーキャップのコントロールという意味ではやりやすくなった。

 

ポールがいなくなったガード陣も若返りを図ることになる。JJ・レディックはおそらくチームを去り、オースティン・リバースと新しく加わったルー・ウィリアムズが多くの役割を担うことになる。

 

もしかすると、ポールの抜けたポジションにブルズを解雇されたレイジョン・ロンドを加えることがあるかもしれない。競争力の高いチームでプレイをしたいロンドにとって、新人時代の監督であるドック・リバースのもとで再びプレイすることで復活できる可能性はある。

 

それでも、ポールの抜けた穴はあまりにも大きく、来季のクリッパーズは負け数を大きく増やすだろう。ただし、プレイオフを争う競争力は維持できるかもしれない。

 

しかし、クリッパーズが見据えているのは来季より先の未来だ。そして、ドラフト指名権を食い潰してしまった彼らにとって、下位に沈むことはあまりメリットが無い。トレードで獲得したメンバーを有効に使いプレイオフを争いながら、キャップスペースのコントロールと有力フリーエージェントの獲得を狙うことになるだろう。

 

もちろん、グリフィンとともにチームの柱としたいジョーダンやウィリアムズもチームを去って行くかもしれない。それを防ぐためにも、来季を未来に希望を持てるシーズンにしなければならない。

 

上手くいけば、1シーズンほどのブランクで、ライジングチームとして優勝争いに戻って来れるかもしれない。

 

最強ウォリアーズが無くなる前に

3年で2度の優勝を果たしたゴールデン・ウォリアーズは、エースのステフィン・カリーとリーグ最高額で再契約を結んだ。これは、ウォリアーズの終わりの始まりになるだろう。優れたドラフト戦略でチームを作ったウォリアーズは、飛び抜けて優秀な選手たちに対して実力に見合ったサラリーを提供していない。

 

カリーとの再契約はサラリーキャップを圧迫するし、トンプソン、グリーンと妥当な金額で再契約することは難しいだろう。優勝のためにサラリーを犠牲にしてチームに加わったデュラントも、次のステージに進むためチームを去るかもしれない。

 

しかし、そうなる前に、未だ果たしていない連覇を目指して来季を戦うことになる。しかし、ウォリアーズが自壊するのを待っているわけにはいかない。

 

ウォリアーズを止められるチームは少ない。レブロンのキャブズも手詰まりだ。スパーズもレギュラーシーズンは勝てても、ファイナルまで進むのは苦しい。

 

しかし、クリス・ポールが加わったことで、ロケッツが本当の意味での優勝候補に名乗りを上げた。グッドチームからベストチームに躍進する可能性がある。

 

少なくとも、ウォリアーズ1強時代に抵抗し、リーグのよどんだ秩序をかき乱すことが期待できる大きな変化だといえるだろう。