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【おんな城主直虎】(19)無縁・公界・盗賊

第19回「罪と罰」では、ついに旅の男の正体が発覚する。

 

井伊領と目付の近藤の領地で何者かに木が伐採される。犯人を捕らえると、直虎もよく知る「旅の男」だった。家臣たちは死罪を主張するが、直虎は拒否。しかし、男は脱獄して姿を消してしまう。そんな時、直親の娘と名乗る少女が訪ねてくる。

 

 

盗賊の自由

旅の男(柳楽優弥)が盗賊だったことが、ついに明らかになった。ストーリーの本筋と関係無く、話をかき回すコメディリリーフのような役柄だ。今後、ストーリーの中心に関係してくることがあるのか、それとも、このままでいくのか。

 

物を盗めば盗人で、国を盗めば英雄になる。戦国乱世に盗みを裁くのは滑稽のようでもあるが、事実としては戦国の武士の世界は秩序に依っている。井伊氏は今川の傘下にあり、その今川は守護という室町的権威を背景に拡張した。井伊の家臣たちは直虎(柴咲コウ)に仕え、隣接する近藤領とも取り決めがある。乱世といえど、無法というわけにはいかない。

 

同じ今川の領内でも、隣接する井伊と近藤(橋本じゅん)がそれぞれに警察権を持っている。そして、それは複雑な境界線で囲まれた狭い領地の外側では行使できない。近藤領で罪を犯した者が井伊領に逃げ込めば、捜査はできず引き渡しを求めることしかできない。法律も領地によって細部が微妙に異なるし、犯人の処罰が要求通りに行われないこともある。時には、故意にかばい立てをして、領主間の不和の種になることもある。

 

同じ日本というよりも州によって法律が異なるアメリカのような世界だ。戦国大名は領内どこでも通用する法律として分国法を制定。いわば、連邦法のようなものだ。しかし、FBIのように境界を超えて広域に捜査をする機関は存在しない。

 

厳密には武士の領地は面としては存在しない。経済基盤である村と田畑は厳格に管理されるが、そこから離れたところではルーズになる。そのため、入会地である山、水資源である川など所属が曖昧な場所が争いの種になりやすい。今回は、尾根を境に近藤領と井伊領が分かれていたが、「山を境に」のようないい加減な境界もままある。

 

境界が曖昧なところは、武士の権力の及ばない治外法権の土地となって、流れ者が棲みつくこともある。たとえば、川の中州のようなところ。こうした場所から中世の都市の多くが発生している。南蛮貿易で栄えた巨大都市が「堺」というのも偶然ではあるまい。

 

都市の住人は武士や農民など村の人間から見れば流れ者だが、実際には、商人がいたり、職人がいたり、芸能者がいたりする。もちろん、彼らは流れ者と紙一重であるし、もう一枚めくれば盗賊かもしれない。

 

「海賊」と呼ばれる人々も、たいていは海上流通業者だ。時に請け負って荷を運び、時にはそれを襲撃する。

 

つまり、この頃の日本には、「誰のものでもない場所」が存在した。そして、「誰かの場所」の合間を縫って存在するその世界に身を置いて、誰にも縛られない自由を享受する人々がいた。盗賊もまた、そうした人々の仲間なのだ。

 

境界の領主たち

井伊谷三人衆のうち、近藤氏は唯一、遠江に本拠地を持ち、井伊領に隣接した領地を持っている。井伊と縁続きの鈴木氏は奥三河。菅沼氏は遠江に領地を持っていたという説もあるが、本貫は西三河で、一族の中には徳川に仕える者もいる。

 

彼らは今川の目付として井伊を監視する任を負っているが、一領主として今川の行く末に不安を持ってもいる。もともと、西三河遠江は徳川と今川の境界で、政治的に非常に不安定な地だ。そして、甲斐信濃の武田氏との国境でもある。今川と武田が手切れになれば、三国の勢力が衝突する危険地帯となってしまう。

 

三河の有力豪族・奥平氏は、のちに家康の娘をもらい江戸期には幕閣の中枢を占めることになるが、この時期は山深い奥三河の地の利を頼り、徳川と武田を両天秤にかけて独立勢力然としている。

 

そして、直平(前田吟)や中野直由筧利夫)の死の遠因となった引間の飯尾氏の反乱は、この頃までまだくすぶり続けている。

 

武田領の伊那谷は、かつて直親(三浦春馬)が亡命していた土地だ。ここは遠江から天竜川をさかのぼった場所で、山の幸と海の幸を交換する交易が行われるなど古くから国境を越えた繋がりがある。そうした背景から、井伊氏と伊那谷の領主たちにも交流があった。

 

また、三河の鈴木氏は直親の母方の実家にあたる。

 

こうした戦国大名の版図を越えた領主同士の私的な交流は頻繁に行われていたし、境界の領主たちにとっては、まさかの時に役立てる必要不可欠な政治活動だったのだ。

 

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