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【おんな城主直虎】(39)直親のDNAと虎松の野望

第39回「虎松の野望」では、菅田将暉演じる成長した虎松がいよいよ本格登場。

 

父・直親の法要で井伊谷を訪れた虎松は井伊家再興の思いを新たにする。徳川家に小姓として仕えることになった虎松は、策を巡らせ家康より井伊万千代の名を与えられて仕えることになる。しかし、松下ではなく井伊の名で万千代が使えることはあちこちに波紋を投げかける。そして、徳川家臣団の意趣返しとして、万千代は小姓ではなく草履番として家康に仕えることになる。

 

 

直親のDNA

成長した虎松(菅田将暉)がいよいよ本格的に登場。虎松は母の再嫁先である松下姓を名乗り、従兄弟にあたる小野の亥之助(井之脇海)は母方の奥山性を名乗っている。気付きにくいが虎松の守役、六左右衞門(田中未央)も含めて奥山家の三兄妹と息子たちが松下家に集まっている。ちなみに、六左は虎松の伯父にあたるが、伯父甥ではなく、あくまで主従として振舞っている。おそらく、戦国の武家のあり方としては、こうした態度が正しい。元服をせず童形で現れるところまで何から何まで父・直親(三浦春馬)を思わせる虎松。知恵が働き策を好むところも似ているが、それは今川への謀反を企てて刑死した祖父・直満(宇梶剛士)から続く遺伝のようにも思える。あるいは、虎松も直親同様、父を早くに亡くし幼い頃から異郷で亡命生活を送ってきたため、そうした環境が真意を隠して裏で人を操ることを好む性格を作り上げたのかもしれない。

 

何事にも涼やかに振舞い策士とは悟られず誰からも愛されたのが直親だったが、唯一その点が虎松は父と異なっている。義父にあたる松下源太郎古舘寛治)から「おまえは才気走ったところがある」と面前で指摘される虎松は、知恵者ぶりが態度に表れては煙たがられ、策を仕掛けては策士策に溺れるようなところがある。策士としての師匠である政次は自分の感情を押し殺すことでたたずまいを保っていたが、直親の明るさを受け継いだためか隠すべき才を隠そうとしないようだ。

 

なおかつ、虎松は怒りがこみ上げると抑えることができず、顔が変形したり暴れ出したりする特異な性質を持っている。こうした異常人格は遺伝によるところが大きいのかもしれないが、単なるイケメンではなく壊れたところがあってくれなくてはドラマとしては盛り上がらない。

 

井伊直政VS本多正信

直虎(柴咲コウ)から秘かに受け継いだ井伊家再興の志がずっと虎松の心の支えになっていたのかもしれないし、性格を大きくゆがめてしまった原因なのかもしれない。

 

虎松は元服を遅らせ徳川家康阿部サダヲ)に小姓として仕えることを決めるが、これは松下家の跡取りという用意された将来に収まらず、今は無くなってしまった井伊の家名と家臣領土を取り戻すためなのだろう。

 

そして、家康に仕えるにあたって、さっそく虎松は策を繰り出す。井伊の家名を名乗るのを主君・家康から与えられたという形にしようというのだ。家康の権威を利用すれば、松下家をはじめ八方にカドが立たない。そのために、井伊家の縁者にあたる瀬名(菜々緒)に手を回して主君・家康を動かそうというのだから謀略のデザインとしてスケールが大きい。このあたりに徳川の軍師といわれるようになる後の井伊直政の片鱗が見える。同じ謀略体質でも家内政治に長けた徳川軍団とは一線を画しており、そうしたところを家康に見込まれるのかもしれない。

 

見事、家康を動かし、井伊万千代の名を授かった虎松だったが、あちこちに引き起こした波風は思い通りに収まりそうにはない。

 

跡取りとして育ててきた松下家にとっては寝耳に水の裏切りだ。しの(貫地谷しほり)と常慶(和田正人)は怒り狂い源太郎は倒れてしまう。井伊領を治める近藤康用橋本じゅん)にとっても不愉快なことだ。今さら井伊の家名を復することは井伊領を取り戻す野心と思われても仕方がない。彼ら遠江衆の離反を避け徳川家臣団に溶け込ませるのが筆頭家老・酒井忠次みのすけ)が心を砕いてきた仕事なので、松下・近藤から不満が上がれば酒井にとっても頭が痛い。

 

あるいは今は散り散りになっている井伊の家臣にとっても胸騒ぎがする出来事だ。井伊家が再興するとなれば、ようやく築き上げた今の生活と井伊家の板挟みになるかもしれない。

 

そういうことまで見透かしておとわは、井伊家の再興を望まないと言い続けてきたのだ。

 

そして、徳川軍団からも強烈なカウンターパンチが食らわされる。松下として仕えるならば小姓に取立てるが、井伊であれば草履番にするというのだ。

 

献策したのは家康に仕える鷹匠のノブ(六角精児)。後の謀臣・本多正信だ。重箱の隅をつつくような理屈から四方八方を綿密に固めて追い込んでいく正信流の策はいかにも内向きの徳川軍団らしい。万千代流との違いが非常によく分かる。

 

後に家康を支える二人の軍師の対決はノブに軍配が上がった。万千代のデビュー戦はほろ苦い敗戦に終わった。

 

主人公の立場が無い

虎松の活躍で主人公としての存在感があやうくなったのがおとわだ。おとわはすでに直虎としての活動を終え、近藤の陰となり井伊領を豊かにするために奔走しているとはいえ歴史の表舞台からはフェードアウトしている。そして、井伊家の歴史はこれより虎松に引き継がれることになる。

 

今回は菅田将暉が本格的に初登場した虎松の主役回。一方、おとわは虎松のお目見え用の小袖を作ったくらいしか活躍が無かった。このまま、虎松が主人公然として活躍し、おとわがそれを支えるというのは、コンビとしてはうまくはまるものの主人公の沽券に関わる事態になる。

 

おとわが今後、どのように主人公としての存在感を発揮していくのか、楽しみでもあり不安でもある。