汽水域 Ki-sui-iki

ローカルとオルタナティブ 浸透し混じり合うところに生まれる生態系

【おんな城主直虎】(23)一寸法師は一寸のままがいい

第23回「盗賊は二度仏を盗む」は、視点を変えて同じ時間をなぞるサスペンス的手法で展開する。

 

菩提寺の仏像が盗まれた」として近藤康用が龍雲丸一味の引き渡しを求めてくる。しかし、危機を察した一味は逃げ出した後だった。直虎と南渓が近藤の寺に赴くと、無いはずの仏像がある。近藤の狂言を見抜いた龍雲丸が仏像を盗んで元に戻しておいたのだ。直虎は龍雲丸に井伊家への仕官を進めるが、龍雲丸はそれを断り去っていった。

 

 

山の領主・近藤

近藤康用橋本じゅん)の領地は、遠江国境の三河国宇利にあったとされる。三河遠江を結ぶ交通の要衝であると同時に、井伊領とも隣接している。材木盗伐の舞台になったのは、ちょうど現在の愛知・静岡県境にあたる尾根のどこかなのだろう。

 

三人衆の中でも、直虎(柴咲コウ)にもっとも厳しい態度を取るのが近藤だ。領地が隣接する武士同士というのは、仲が良くないと相場が決まっている。入会地である山林や農業用水の利用など、トラブルの種には事欠かない。

 

主君が同じだからといって、仲よくする理由にはならない。それは、あくまで縦の関係であって、横の関係は別の話になる。むしろ、横関係のトラブルを仲裁するのが主君の役割でもある。

 

多少のネタバレにはなるが、井伊家が彦根に移った江戸時代に井伊谷を治めたのは、徳川の旗本となった近藤氏の子孫だ。井伊と近藤の因縁はとても深い。物語の後半、直虎と近藤の関係がどのように変化していくのか楽しみだ。

 

おもしろいのは、近藤の屋敷の庭ではいつもたいてい動物の毛皮が干してある、ということだ。おそらく、農業だけでなく山林に経済基盤を置く領主としての性格を表しているのだろう。

 

もちろん、武芸の鍛錬や模擬演習を目的として狩猟を行うことはあるかもしれない。しかし、平安・鎌倉の素朴な時代ではないし、ずらっと並んだ毛皮の量を見ると趣味ではなく産業的に思える。

 

この風景は、直虎の祖父・直平の川名の隠居所の風景にも通じる。

 

もともと奥三河を領する鈴木、菅沼、近藤ら、そして、隣国とはいえ地理的によく似た領地を持つ井伊氏も「山を治める領主」としての性格が強かったのだろう。そして、彼らは山と川で通じた南信濃伊那谷とも独自のネットワークを持っており、それが戦国大名の強力な圧力に対する安全弁になっていたと考えられる。

 

しかし、武田氏の南下が本格化すると、境界の領主である彼らは苦難の時代を迎える。有名な三方原の戦いは井伊領の、長篠の戦いは近藤領のすぐ近傍で行われることになる。

  

貴種流離譚のゆくえ

直虎が龍雲丸(柳楽優弥)の召し抱えを提案したとき、盗賊一味の全員が賛成する。武士を嫌う盗賊にも、武士になることは魅力的なのだろう。

 

この時代、武士に成り上がったは多くいる。瀬戸方久ムロツヨシ)も商人から武士の身分を得た人物。有名なところでは、豊臣秀吉、その家来の小西行長もそうだ。

 

南北朝時代楠木正成名和長年のような悪党が登場した頃から、そうした傾向があった。商工業が発展し農地が拡大すると、そうした新しい産業を統括する経営者が武士化していく。

 

龍雲丸は武士の出身だという。こうした高い身分を持った子どもが、低い身分に身をやつし諸国を遍歴する説話を貴種流離譚という。

 

貴種流離譚は、古代から世界中で伝わっており、室町時代頃に成立した「御伽草子」にも多く収められている。これは、身分が低く暮らしの苦しい庶民の現実逃避願望を表したものとも考えられるし、一方では庶民が経済的、社会的に力をつけたことによって生まれた下克上願望の表れとも考えられる。

 

この時代の末端の武士だった者たちは、信長、秀吉に従って大名に出世すると、天皇家に通じる源平藤橘の姓を名乗るようになる。また、百姓は江戸時代には公式に苗字を名乗れなかったが、実際には室町時代の頃にはほとんどが苗字を持っていたとされる。土地を持たない商人や職人を含む遍歴者たちは、天皇家直轄の供御人を自称していた。

 

物語の多くは、現実ではなく願望の表れだった。しかし、龍雲丸は実際に武士の出自だ。

 

貴種流離譚の最後は、主人公が元の高い身分に戻ることでハッピーエンドとなる。しかし、龍雲丸は武士に戻ることを断わった。

 

「武士になることが成功」という安直な価値観は古すぎる。方久のような人物や気賀の街のカオスを丹念に見せてきたのは、「武士が主役の戦国時代」という表っ面を一枚剥げば、庶民たちの豊かで、ときに荒々しくもあるエネルギーの胎動があることを示すためだ。そして、それが天下統一を目指す資格を持つ戦国大名とは異なる、直虎ならではの視点なのだ。