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【おんな城主直虎】(14)16世紀の資本

第14回「徳政令の行方」では、直虎は危機をひとつ乗り越えるのだが。

 

政次の暗躍により瀬戸村、祝田村の百姓は井伊をとばして今川に徳政令を願い出る。直虎は両村を竜譚寺に寄進することで、今川の要求を回避する。それに対し百姓たちは方久を襲撃して人質に取る強硬手段に出る。追い込まれた直虎だが、両村の田植えを勝手に行うことで村人たちを誘い出すことに成功する。

 

政局化する経済危機

今回は経済危機を背景にした複雑な政治劇になっている。いわば、リーマンショック級の経済危機に直面して早急な経済対策が求められるところ、さまざまな利害関係に政局的な思惑が働いて事態が極めて複雑化していくようなことだ。新興企業(方久)、労働組合(百姓)、年金生活者(しのたち)、外圧(今川)、政敵(政次)、与党内の反対派(中野、奥山)などが自らの思惑で動いている。

 

本来、経済政策にあたっては敵も味方もない。すべてのプレイヤーに対し折り合いがつく妥協点を探すべきものだ。にも関わらず、明らかに目に見える対立が立ち上がってくる。

 

政令は借金を無効にする政令で、室町時代以降、頻繁に出された。背景には商工業の発達によって貨幣経済が浸透、土倉、馬借などの金融業者が出現したことがある。貧民救済策の側面もあるが、担保として土地が人手に渡ったり、借金苦により領民が夜逃げをしたりすると税収が得られなくなり領主の側にも直接的な損失となる。それを避けるための徳政令ということもある。徳政令は現在の金融用語ではデフォルトと言う。当たり前だが、貸した金が返ってこないとなると誰も金を貸さなくなる。信用経済の崩壊である。それで困るのは借り主の方だ。そして、ある程度、物流が発展した時代なら短期的な貸借が成立しないと経済活動そのものが滞ることにもなる。弱きを助け、悪徳商人を懲らしめるためにやっていいものではない。

 

そして、今川が介入することでこれは経済の問題ではなく、政治の問題になってしまった。今川が国衆である井伊領内に徳政令の発布を求めることは内政干渉にあたる。今川は既成事実を作って井伊への支配を強めたいし、井伊は自治権を守りたい。もはや徳政令の是非の問題ではない。直虎(柴咲コウ)は是が非でも徳政令をはねつけなければならなくなったのだ。

 

今川の徳政要求に対して、直虎は瀬戸村、祝田村を形式的に竜譚寺に寄進することで回避する。今川仮名目録に「寺領は守護不入」とあるのを根拠にしている。つまり、今川の要求を今川の法でかわしたのだ。

 

寺の領地に「政府」の行政権が及ばないのは、古くからの慣習としてあった。平安時代には国司の介入を避けるため、武士は所領を寺院や有力貴族に寄進して、「管理人」という名目で土地を支配した。武士が力をつけると、公家や寺院の領地は武士によって不法に押領されていくが、そうしたことに歯止めをかけて秩序を守るのが仮名目録の趣旨だ。この慣習は江戸時代まで残り、寺社の敷地は町奉行の支配の及ばない実質的な治外法権の土地になる。そのため、賭場や遊郭など違法な遊興が行われることになる。

 

そして、一揆の問題がある。武士と農民がはっきりと別れた江戸時代の百姓一揆とこの時代の一揆は様相が異なる。

 

兵農分離が行われていない時代なので多くの農民が武装しており、徴発されて戦に参加する者もあった。富裕な農民は年貢の減免と引換えに軍役を負担し地侍という半農半士の身分を得ていた。そして、武士のほとんどは屋敷の近くの領地に軍事力と経済力を依存した農場経営者だった。単純に武士と農民の対立とはならず、その間でどちらにつくか迷う者もいる。そして、農民の側も武士に対抗できる武力を持っていた。

 

瀬戸、祝田はどのようなところか

瀬戸村、祝田村というのは現在の浜松市北区細江町中川にある。おおよそ都田川の流域だ。蜂前神社も都田川の南側にある。

 

井伊家とその重臣の領地の多くは、井伊谷川と神宮寺川の流域にある。二つの河川が合流するのが井伊の本拠地・井伊谷で、それより川下にある水上交通の要衝・気賀の手前で井伊谷川は都田川と合流し、浜名湖に注ぐ。

 

都田川流域というのは、井伊領のもっとも南側の地域であり、井伊谷からはひとつ山を越えた谷の外側の土地になる。おそらく比較的、新しい領地なのだろう。そのため、分家の直親(三浦春馬)の所領になったり、しの(貫地谷しほり)や新野家の姉妹の生活を支える化粧料になったりと、比較的流動性の高い領地になっていると考えられる。

 

さらには、奥まった井伊谷と比較して、交通の便のよい開けた土地だ。流通の拠点・気賀が近く、浜名湖の北側を通る街道も近くを通る。そのため、新興の商工業と接する機会も多く貨幣経済が浸透している土地柄なのだろう。瀬戸方久ムロツヨシ)のような成り上がり商人を生み出す土地でもあるし、貨幣経済の負の側面として村中が借金漬けにもなる。

 

直虎は井伊谷という武士の起った頃から井伊家が支配する古い伝統が残った農業地域で生まれ育った。しかし、方久と手を結んだ直虎は、最先端の商工業の洗礼を受けた瀬戸や祝田を中心に井伊家の経済を立て直していくことになる。そして、それは抵抗勢力と化した旧来の重臣たちから離れ、彼らと対決する力をつけるためでもある。

 

政次は何を思う

政令問題を解決したように見える直虎だが、うまくやればやるほど今川の圧力は強まってくる。今川の法に則ったといっても、世は戦国。法など恣意的に運用するためのものでしかない。手負いの虎である今川にかつての王者の風は無い。ゴッドマザー・寿桂尼浅丘ルリ子)には自らの寿命が尽きようとしている焦りもあるだろう。マキャベリズムに取り憑かれている。

 

ついに直虎との直接対決に乗り出した寿桂尼に、政次(高橋一生)の顔は引きつる。今まで直虎と井伊家を苦しめるために暗躍してきた政次は何を思うのか。

 

これまでの政次の行動は、最悪の事態から直虎と井伊家を守るための芝居だったのではないのか。そして、最悪の瞬間が近づいたとき、政次はどのような行動に出るのか。

 

それとも、それは時空を超えた場所から眺めるドラマ視聴者の淡い願望でしかなく、政次は今川の手先に成り下がったままなのだろうか。

 

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