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汽水域 Ki-sui-iki

ローカルとオルタナティブ 浸透し混じり合うところに生まれる生態系

【エイプリルフール】武道ではなく忍道が必修化されました

文部科学省は、「新学習指導要領」を告示し、「忍術」を「忍道」に格上げするとともに、中学校において“特別の教科”として必修化することとした。この記事はエイプリルフールです。

 

 

中学校で忍道必修化

長らく忍術(忍法)は、正規の武士の技術とは認識されず、明治以降も武道より一段低いものとして蔑視されてきた。しかし、「新学習指導要領」では、「忍術」を「忍道」に格上げ。武道が保健体育の中の選択種目であるのに対して、「忍道」を道徳と同じ“特別の教科”とすることで、実質的に武道より上位に置かれることになった。

 

2045年までに忍者30万人

背景には「クール・ジャパン戦略」によるコンテンツ輸出拡大、厳しい経済の国際競争を勝ち抜くためのグローバル人材の育成が急務とされていることがある。経済産業省2045年までにIT、スパイ、観光の3分野合わせて30万人の忍者を育成することを目標としている。

 

そのため、「人間形成」を目的とし「人はおろかハエも殺せない技術」(経産省幹部)である武道などよりも忍術人材(忍者)の育成を優先させる必要があったようだ。武道を推進してきた保守系の団体や一部の国会議員からは強い抵抗があったが、「精神修養なら座禅でもやってろよ」(文科省幹部)と押し切った形だ。

 

くのいち忍法は禁止

忍法にはさまざまな流派があるが、「伊賀」「甲賀」「風魔」などから科目を選択できることとした。ただし、「山田風太郎流」は選択科目から除外され、教員が生徒に強制した場合は教育委員会から処分されるだけでなく、都道府県の条例に従って処罰を受ける。

 

授業の中では「腰にひもをつけて地面に着かないよう走る」「水に濡らした和紙の上を破らないように歩く」「落ち葉に埋まって気配を消す」「干しイモ1個で1日過ごす。しかも、お腹を鳴らさない」などの習得を目指すが、「地味すぎて生徒が興味をなくしてしまう。もう少し派手な術もやらせてほしい」(教育関係者)という意見もある。

 

指導者不足に懸念

文科省は、「道徳」同様、「忍道」専門の免許を持った教員を設けず、原則として担任に教科を受け持たせる方針。外部人材の積極的活用を促すことで指導力不足を補うという。ただし、民間でも忍術を指導できる人材は不足しており、「忍者を名乗っているのは、ほとんどが武道家崩れかコスプレマニア。一流の忍者は見た目では忍者だと分からない。」(教育関係者)というから外部人材の確保も難航が予想される。

 

(ウソはここまで)

 

武道と銃剣道について

実際の学習指導要領では、「中学の保健体育で、武術の種目として新たに「銃剣道」を加えた武道9種目が記された。」として話題になっています。

 

銃剣道」は日本武道協議会に属する9つの武道連盟のひとつ。戦後の1956年に発足した団体で、軍事教練として色を廃し、スポーツ化を推進してきたということです。

 

ちなみに、9つの武道とは、柔道、剣道、弓道、相撲、空手道、合気道少林寺拳法なぎなた銃剣道のことだそうです。他にも武道はあるとは思いますが、なぜこの9つなのかはよく分かりません。

 

武道の定義(日本武道館

http://www.nipponbudokan.or.jp/shinkoujigyou/teigi

 

日本武道協議会

http://www.nipponbudokan.or.jp/shinkoujigyou/kankeidantai_01

 

銃剣について

銃剣は、銃の先に槍の穂先のような刃を付けた武器のことです。通常は銃として用いますが、刃をつけた状態で白兵戦を行うこともできます。基本的には槍のように「突く」という動作になります。

 

16世紀以降、マスケット銃のような火器が配備されるようになります。当初は槍兵の突撃を助けるために敵陣を混乱させることが銃の役割でしたが、のちに銃と槍の役割は逆転し、銃が戦場の主役になってきます。ただし、当時の銃は単発式で装填に時間がかかるため、密集した槍兵が機動力のある騎兵の突撃から銃手を守る必要がありました。

 

つまり、当初は銃手と槍兵の混成部隊が編成されていたのですが、17世紀のフランスで銃と槍の両方の機能を持った武器が開発されます。それが銃剣です。

 

銃剣の開発により、ひとりの兵士が銃手と槍兵の両方の役割を果たすことになり、遠距離の敵には銃で攻撃し、近接してきた敵には刃を用いて戦うことになりました。

 

しかし、小銃の連射性能が向上してくると、近接する敵と刃で戦う必要は無くなり、実戦で銃剣は用いられなくなっていきました。

 

参考文献:『改訂版・ヨーロッパ史における戦争』(マイケル・ハワード)

 

武道についての考察

武道は戦闘技術から発展したものですが、実際には実戦のための技術ではなく、むしろ戦闘が必要とされない平和な時代に成立、発展したようです。

 

つまり、封建社会の支配階級である戦士階級(武士)が、自らと被支配階級と差別化しステータスとアイデンティティを確立するための教養であったと考えられます。

 

戦乱の時代には戦闘を担う戦士階級の存在意義は説明無用で、戦闘を行わない他の階級よりも高い地位を占めることは自明ですが、平和な時代になると彼らは仕事が無くなるため、支配階級であるための存在証明が必要とされるようになります。それが武道というわけです。また、平和な時代に発展したものなので、実戦に最適化したものではなく精神性がより重要視されるわけです。

 

なお、「戦士階級」という言葉を使っているのは、このことが普遍的で、日本だけでなくヨーロッパにも適用できるからです。ヨーロッパでは中世以降、支配階級の倫理として騎士道が発展してきました。近世以降、商人を出自とするブルジョア階級が出現すると、貴族(騎士)とブルジョアを包含した「紳士」という階級が出現しますが、紳士の倫理も騎士道を継承したものです。そして、この倫理観は厳しいアマチュア精神を持った初期の近代オリンピックへと繋がっていきます。

 

日本の「武道」の多くは近世以前にルーツを持ってはいるものの、明治以降に武道として成立したものがほとんどです。この時代に武士という階級は消滅しているわけですが、「高い倫理観を持った武士の教養」というブランド価値を持って、武士から庶民へとオープン化したものと考えればよいのだと思います。新渡戸稲造が『武士道』を著すのもほぼ同じ頃ですが、すでにこのとき武士の社会は存在せず、新渡戸本人も幼少期に明治維新を迎えていることが、明治期の「武士道」「武道」のあり方をよく表していると思います。

 

現在「武道」とされているものは「近世以前の武士の精神性」を後ろ盾としているわけですが、その出自はあやしいものがたくさんあります。古くから武士が修めるべきとされてきたのは弓道で、剣道はそれより新しく、防具と竹刀は幕末以降、町人にも開放された時期の発明といわれています。相撲は武士だけのものではなく、柔道や合気道、空手道なども由緒正しさでいえば、「徳川家は清和源氏の子孫」と同じ程度しか無いように思います。

 

ただし、「銃剣道」は特殊です。非常に新しい。他の武道が近世以前にルーツを求めて明治期に成立したのに対して、銃剣とその技術は近代に属します。近代というのは国民国家の時代であり、戦士階級を否定し徴兵制度による国民皆兵を謳った時代です。

 

つまり、武道というのが戦士階級の特権を形づくるための技術と精神性によってブランド化されたもです。キーワードは「選ばれた者の精神と技術」「個人戦術」です。銃剣という武器はそこには属さず、反対に武士の精神性を否定する側の道具というわけです。そこに含まれるシンボルは、「誰でも使える」「集団戦術」です。

 

もちろん銃剣を武道に組み込むことは可能です。ただし、「どんな武器も、どんな技術も武道にすることは可能」という意味においてです。針金ハンガー拳法でも、タンバリンでもカスタネットでも武道のフレームワークに当てはめれば武道にできるわけです。