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汽水域 Ki-sui-iki

ローカルとオルタナティブ 浸透し混じり合うところに生まれる生態系

【イソップ地方創生童話】『ネジとアイフォーン』観光に交通とトイレは必要か

ローカル

東京オリンピックを前にいわゆるインバウンド、つまり海外からの観光客誘致が官民あげて取り組まれています。そして、地方創生の一環として地域資源を生かした観光産業での街おこしも盛んです。

 

観光振興のためのインフラとして、交通とトイレが重要だと言われます。

 

しかし、それはアンケートのトリックかもしれません。そして、生産工学の呪縛であるかも。

 

 

客の呼べるトイレってどんなトイレ?

交通網は観光客誘致にとても重要なインフラだとされています。一般に移動時間が4時間を超えると観光客の訪問意欲が大きく下がるといわれます。

 

そして、トイレ。地味ですが、人が行くところには必ずトイレが必要です。特に、都市部を離れた田舎の場合は公衆トイレが少なく、しっかりと整備をする必要があります。また、外国人、または女性などをターゲットにする場合は、洋式で水洗のきれいなトイレでなくてはならないと言われます。意外とトイレの印象はその土地の印象として強く残ってしまいます。

 

一方で、小西美術工藝社の社長で『新・観光立国論』などの著書もあるデービッド・アトキンソンは、「トイレで観光客を呼ぶことはできない」という旨の発言をしています。どれほど立派なトイレであっても、外国からわざわざ飛行機に乗って使いに来るような物好きはいないということです。

 

アンケートのトリック

実はこの交通とトイレの問題は、アンケートの罠なのではないかと思います。

 

おそらくアンケートをとれば、「交通が不便で疲れた」「トイレが汚くて、二度と行きたくない」などの否定的な意見が並ぶのでしょう。もちろん、肯定的な意見よりも苦情(否定的な意見)に耳を傾けることは大切です。その意味では、これらを課題にあげることは間違ってはいません。

 

しかし、交通とトイレの問題を解決すれば、観光客が増えるというわけではありません。

 

旅行先は消去法で選ばない

ものごとの評価には加点法と減点法があります。

 

そして、観光という分野はどうやら加点法の評価が強い分野だからです。レジャーの行く先を消去法で決める人はいません。ダメな候補を消していって、最後に残ったところを選ぶ。そんな休日の過ごし方は楽しくありません。もっとも、家族に乳幼児や高齢者がいる場合などはその制約から消去法をとらざるを得ないこともあります。しかし、それは特殊なケースですし、誰も好きでやっているわけではありません。

 

消去法というのは、減点評価になります。減点がある(または大きい)候補から消していく。だから、問題を解決して減点をなくすことを考えるわけです。しかし、それはどうやら観光にはそぐわないやり方のようです。

 

ネジ工場は百点満点をめざす

ネジ工場ならそれでいいのです。不具合の原因をひとつずつ丁寧に潰していって百点満点のネジを目指します。

 

ネジの最高点は100点です。120点のネジは存在しません。だから、減点を減らしていけばいいのです。90点を99点にするよりも、99点を99.9点にする方が余計に手間とお金がかかります。しかし、地道にコツコツと改善を続け、百点満点を目指すわけです。

しかし、このやり方の最高点はあくまで100点です。どうがんばっても、それを超えることはできません。

 

なぜiPhoneの画面にはヒビが入っているのか

一方、アイフォーン(以下、iPhone)を考えてみましょう。ファンの人は黙っていますが、欠点も多い製品です。

 

街で見かけるiPhoneのほとんどはガラスにヒビが入っています。中には、画面のスクロールが難しくなるくらい割れてるものもあります。しかし、使っている人は文句を言わずに使っています。新しいiPhoneが出れば、やはりiPhoneに買い換えます。

 

そして、どうやら故障も少なくない。フェイスブックなどで「ただいま修理に出していますので、休養の方はこちらのメールアドレスまでお願いします」という記事を出している人は、だいたいiPhoneかアップルのノートPCを使っています。統計はとってないけど、わりといる。

 

しかし、そんな欠点にも関わらず多くの人がiPhoneを使っています。ユーザーは減るどころか増えてさえいます。メーカーも欠点を直そうという意思はあまりないようです。それが、売上げを左右する重要な要素ではないことを知っているからでしょう。

 

なぜ人々はiPhoneを選ぶのでしょうか。どうやら、iPhoneには欠点を補って余りある大きな魅力があるようです。つまり、加点で評価されている。

 

魅力の部分が+50点、欠点の部分が-12点だとすれば、評価は138点になります。これは、欠点を全部潰して百点満点を取るよりも、圧倒的に高い得点です。

 

おそらく観光も同じような評価基準なのです。120点以上の観光地を並べて、「次の休みはどこに行こうかな」となる。100点前後のスコアでは、そもそも候補にも上がりません。

 

「電車の時間が30分短縮されました」「きれいなトイレに入れ替えました」と言っても、候補にあがらない限りは聞く人が誰もいないのです。

 

熱海はネジ

交通が便利だからといって、観光客が集まるわけではありません。熱海はどうでしょう。

 

東京に近く、新幹線の駅があります。駅から駅なら品川から1時間かからないほど近い。そして、温泉として全国的な地名度がある。

 

しかし、残念ながら最近は閑古鳥が鳴く惨状のようです。

 

温泉地のビジネスモデルは近年、大きく変っています。かつては、男性中心の団体客、社員旅行などがメインでしたが、最近はいわゆる女子旅、少人数の女性観光客やカップルの需要にシフトしています。この変化への対応によって、温泉地は天国と地獄のように二極化しています。

 

大きな需要に対して、均質で故障の無いものを大量に安定供給する。これは、ネジ工場のビジネスモデルと同じです。団体客に対して100点に近い水準のサービスを提供すればよい時代ではありません。選ばれるためには、130点以上のスコアが求められているわけですから。

 

ブータンiPhone

ついでにブータンの話もしましょう。ブータンはインドの北にある小国ですが、最近は「幸せの国」として、特に若者の間で話題になっています。「行ってみたい国」として名前が挙がることも多くなっています。

 

ブータンというところは、人口の90%が農業という日本の江戸時代が残っているようなところです。観光地として整備されておらず、インフラもまだまだ行き届いていない地域も多くあります。そして、日本からはとても遠いです。

 

つまり、「交通もトイレもダメなところ」です。

 

観光産業としてどれくらい成功しているか、話題といっても需要としてはとてもニッチなのではないか、そうした疑問はありますが、ともかく、交通もトイレもダメでも、それを上回る動機、つまり加点評価の部分があれば、人々の関心を集めることができるひとつの例と言えるのではないでしょうか。

 

安全パイから抜け出す

日本人はインフラが好きな国民です。

 

戦後の高度経済成長期以降、数十年にわたって地方のインフラに投資を続けてきました。しかし、その間ずっと地方は人が減り続けています。

 

ハードからソフトへ、インフラからコンテンツへ、というのは簡単です。問題は、どのソフトのためにどう投資するかです。それはとても難しく当たり外れもあります。

 

それに対してインフラは裏切りません。少なくとも形は残る。貸借対照表でも資産とできる。外れたとしても、前より多少は便利になるのだから公共性を鑑みれば赤字でも「まあ、いいか」となる。選挙でも評判は悪くない。

 

しかし、そうした安全パイから抜け出さなければいけません。

 

アンケートで苦情をとって、それを潰していく。これも、やはり安全パイです。冒険が無く、予算をとるのに説明が簡単です。

 

交通とトイレ、本当に必要ですか。よく考えてみてください。