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汽水域 Ki-sui-iki

ローカルとオルタナティブ 浸透し混じり合うところに生まれる生態系

ふるさと納税がつくるプランテーション経済

今回は、刺激的なタイトルでお送りします。

 

ふるさと納税は一見、地方の自治体の税収を増やすように見えて、地元の経済構造をいびつな形に導くのではないか、という思考実験になります。

 

  

プランテーション経済とは

プランテーションとは、発展途上国でよく見られる外国資本による大規模農場のことです。これは、昔の植民地支配の名残りで、現地では安価な労働力のみを提供し、利益はすべて経営者である外国資本のものとなり国外に流出してしまいます。

 

地元の経済が未発展なまま大規模農場のみが発展するので、「輸出金額の90%が天然ゴム」などといういびつな経済が出現します。

 

生活必需品は国産化できず外国から輸入することになりますから、どれだけ輸出を増やしても輸入の方が大きく、貿易赤字でインフレに苦しむ事態となります。

 

ふるさと納税の意義

ふるさと納税は居住地以外の自治体に寄付を行う制度です。寄付額に応じて居住地の自治体に納める住民税の控除が受けられますから、あたかも住民税の一部を他の自治体に納めたかのように見えます。

 

ふるさと納税」の由来は、出身地の自治体への「納税」を想定したものだからです。

 

地方の側には「教育に予算をかけて子どもを育てても、働いて税金を納める頃になるとみんな都会に出て行ってしまう」という不満がありました。選手の育成に力を注いでも、FAでみんなジャイアンツにとられてしまうようなものです。

 

これには異論もあるでしょうが、納税額と受け取る住民サービスのバランスを考えると、一生のうち「納税額の方が多い時代」と「住民サービスの方が大きい時代」が必ずできてしまいます。生まれてから死ぬまで同じ土地で暮らすならよいですが、ライフステージによって居住地が変わると、自治体によって「受け取るだけの自治体」「持ち出しの多い自治体」がでてきてしまいます。

 

そうしたことを是正できないか、という問題意識から創設されたのが、ふるさと納税という制度です。もちろん出身地以外の自治体への寄付もできます。

 

一方で、現実には、ふるさと納税に対する「お礼の品」として地域の特産品を送る部分が過熱して、あたかも税控除付きの通信販売になってしまっている感も否めません。

 

神宮の阪神ファンは町田から来る

税収が増える自治体もあれば、減る自治体もあります。大都市部は、ふるさと納税を行う人が多い一方で、ふるさと納税を受けることが難しく、全体に収支が赤字になりやすいのです。

 

先日、東京都町田市の市長が新年度予算に関する記者会見で、ふるさと納税の収支が2016年は2億5千万円の赤字、17年度は4億円の赤字見込みということを発表し、制度のひずみを批判しました。

 

ちなみに町田市は、三浦しおんの『まほろ駅前』シリーズの舞台のモデルとされています。東京郊外の出口の見えない退廃した気分を背景に描かれた作品です。

 

また、「神宮球場阪神ファンは町田から来る」という伝説があります。少し解説をすると、プロ野球のヤクルト-阪神戦は、ヤクルトの本拠地の神宮球場でも阪神ファンの方が多いことで有名です。その阪神ファンは、町田から来ているというのです。

 

80年代、東京の一極集中が加速し、関西で生まれた阪神ファンの若者が、大阪ではなく東京で職を求めるようになった。彼らが30代になる頃には、東京の新興住宅地の拡張が町田あたりまで到達し、彼らは町田にマイホームを持つことになる。そのため、町田は大量の阪神ファンを抱えることになった。

 

というストーリーを想像できます。これは、大阪の凋落として読み解けるエピソードでもありますが、それは別に置いておきます。

 

真偽定かではない余談はこれくらいにしますが、町田は地方出身者が非常に多い街です。そして、彼らのほとんどは東京に通勤しています。そのため、「出身地」と「東京」に対する帰属意識に比べて、「町田市民」というアイデンティティは希薄です。これは、埼玉や千葉も含めた東京郊外が共通して抱える課題でもあります。

 

ついでにいうと、先ほど「地方のライフステージによる税と住民サービスの矛盾」を書きましたが、都会では「居住地と勤務地の違いによる矛盾」が発生します。たとえば、法人税は企業のある都心の自治体に入りますが、従業員の生活は町田のような郊外の自治体が支えることになる、ということです。このように、生活圏が複数の自治体にまたがることによる問題が都会にはあります。

 

そして、町田の阪神ファンもいよいよ熟年の域に入ろうとしており、ジュニア世代は都心回帰の流れで地元を離れつつあります。かつての新興住宅地にも地方同様、過疎化、高齢化の波が訪れようとしており、将来の福祉予算増大が予想される中、ふるさと納税による減収は脅威になります。

 

モノカルチャー化するふるさと納税

ようやく、ふるさと納税の話に戻ります。

 

ふるさと納税は、他の自治体に負けまいと「お礼」がどんどん豪華になっています。これでは、お礼による支出と事務手数料の負担で、住民サービスに使うためのお金がどんどん少なくなってしまいます。あたかも、自治体直営の「公社」による特産品通販事業のようです。

 

それでも、「地元の特産品が売れるなら、地元の経済が潤うのだから意義があるじゃないか」という意見もあるでしょう。つまり、返礼品の支出は地元の産業活性化施策費だとみれば問題ないと。

 

しかし、本来、通販事業なら民間でやればいいわけです。そこを行政が肩代わりするというのは民業圧迫になります。圧迫とまではいわなくても、民間でやった方が望ましい事業には決まっています。

 

ふるさと納税は、「税控除」という特典が付きますから、他の通販よりお得です。さらに、上得意先となりうる可処分所得の多い熟年層にとっては「行政のバックアップ」というのは安心感が非常に大きい。通販にありがちなトラブルの心配が少ないわけです。そうなると民間の業者が敵うわけがありません。

 

ついでに、ふるさと納税が好調なら好調なほど、「お礼」を生産する事業者はふるさと納税だけを販売先にすればよくなります。黙ってても売れるわけですから、リスクを冒して、営業コストをかけて、地力で販路を拡大するのがバカバカしくなる。極論すれば、そういうことにもなりかねない。

 

そうすると、特産品の販売チャネルがふるさと納税に独占化されてしまうことになります。

 

さらに問題なのは、「お礼をしぼった方が、ふるさと納税額は増える」という事実です。

 

善良な田舎の公務員のことですから、よかれと思って「いろいろ選べます」とお礼の品をたくさん並べます。しかし、これではなかなか売れない。(「売れない」というのは「寄付」の趣旨に反しますが。)実際には、お礼の品を絞り込んだ方が、ふるさと納税額は増えるらしいのです。

 

これは、おそらく、他の自治体と並べて見たときに、目玉となるお礼の品がはっきり分かり、なおかつ、インパクトのあるお得感が無ければならないということだと思います。

極端に通販化し、他の自治体との競争が過熱しているふるさと納税の性格をよく表わしています。つまり、自治体を先に決める人にはお礼の品のバリエーションがあった方がいいですが、お礼の品で自治体を選ぶ人は一点豪華主義インパクトで呼び込まなければいけない、ということです。

 

実際に、ふるさと納税額全国1位の都城市の職員の人が、テレビのインタビューで「品目を絞ったら納税額が増えた」と言っていました。

 

民間企業の社員なら大変優秀ですが、自治体の職員としてはどうなのか。特産品をつくる地元の企業を選別にかけて、地元企業を切ることで行政が税収を増やしているわけです。公務員にも民間の感覚は必要ですが、行政の特殊性を自覚して、そこに葛藤があってもいいのではないでしょうか。

 

ともかく、お礼の品を絞ることになれば、残った会社は儲かるが、切られた会社はまったく恩恵に預からない、ということになります。

 

行政の東インド会社

極端なところまで、この現象を進めてみます。

 

特産品の販売チャネルは、ふるさと納税が有利ですから、民間の販路はどんどん撤退し、ふるさと納税が独占します。お礼の品は少ないほどインパクトがありますから一品を残して、全部切ります。切られた会社は、他の販路を開拓するのが厳しい状況なので潰れてしまいます。

 

そして、残った特産品会社がふるさと納税のためだけに、特産品を作り続けることになります。他に産業が無い状況で一品だけ売れまくるので、町中みんなが特産品づくりに関わることになる。

 

しかし、他の自治体との競争に打ち勝つために、利益を薄くしてお得感を出さなければならない。だから、売れても売れても、暮らしは楽にはなりません。

 

ふるさと納税事業は、あたかも社会主義国の独占公社か、帝国主義時代の東インド会社のようです。

 

一方で、街には全国チェーンのコンビニやファミレスが増えていき、バイトの雇用だけを増やして利益を東京に持ち去ります。将来は東京ではなく、上海やシンガポールになるかも。

 

着るものも食べるものも住むために必要なものも、すべて県外の企業から購入し、そのために必要なお金を稼ぐために毎日、特産品を作り続けます。

 

唯一、植民地と違うところは、「独占企業」の役割を果たす地方自治体が、「外国」ではなく地元に属しているという点です。しかし、この際、独占企業の「国籍」はあまり関係ありません。独立したはいいが、搾取するのが「外国人」から「汚職政治家」になっただけ、という発展途上国はたくさんあります。

 

無間地獄から抜け出すために

ふるさと納税は続けるのもつらいですが、やめれば即死という無間地獄のような仕組みです。いやでも、参加しなければ仕方ありません。

 

ふるさと納税は余剰の資金ではありません。実は、衰退した地方経済をさらに蝕む大きな犠牲と引換えに手に入れたかけがえのないお金だと考えるべきです。

 

ふるさと納税で得たお金を何に使うのか。地方自治体には、高度な未来への投資の視点が求められます。