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汽水域 Ki-sui-iki

ローカルとオルタナティブ 浸透し混じり合うところに生まれる生態系

古事記・再発見 三浦佑之

古代文学、伝承文学の研究者で、古事記に関する著作も多数ある千葉大学名誉教授、三浦佑之。直木賞作家・三浦しおんの父といった方が通りがいいかもしれません。

 

本作では、アマテラス(天照大神)、カムムスヒ(神産巣日神)、オホナムヂ(大穴牟遅神大国主命)など古事記の登場人物(厳密には神さま)にフォーカスをあてながら、古事記の裏側にある神話の元像と古代社会の姿を解きほぐしていきます。

 

 

古事記への疑問から

古事記は一般に日本書紀とあわせて「記紀」と並び称せられますが、著者はまず「正統な歴史書である日本書紀とほぼ同時期に、もうひとつの歴史書・古事記が著わされたのは不自然ではないか」と疑問を投げかけます。

そして、古事記偽書説にも触れながら、序文のみ後世に付け加えられたもので、古事記

の元になった伝承は日本書紀よりもさらに古い、という説を述べます。

 

さらに、古事記日本書紀の大きな違いとして、「出雲神話」の採録量の違いについて述べています。古事記では、天皇家の祖先神が日本列島に現れる前に、出雲の神々がここに豊かな国を築いていた様子が記述されています。しかし、日本書紀では出雲神話の大部分を(明らかに削ったと分かるような形で)バッサリと削っています。

 

天皇中心の律令国家の正統性を表わすための歴史書としては、日本書紀のように出雲神話を無かったことにした方が都合がいい。しかし、古事記はそれを残しているため、ストーリーからは天皇家の祖先神は無理筋の侵略者のような印象を受けます。それはなぜなのか、という疑問を著者は投げかけています。

 

そして、著者は古事記古事記たらしめているであろう出雲神話に心を引かれ、本書でも出雲神話にまつわる神々を多く取り上げています。

 

神々の本来の姿を解きほぐす

口承文学の研究者でもある著者は、古事記はさまざまな口承神話が合成されているものと考え、それを合成以前の古層の神話へと解体していきます。

 

また、文字の世界に閉じず、最新のものを含めた多くの発掘資料、歴史研究と照らし合わせながら、古事記に表わされた神々の本来の姿を浮き彫りにしていきます。

 

文献研究は、ときとして重箱の隅をつつくような議論に陥ることもありますが、考古学の成果やフィールドワークなどを通じて、文字の外側の世界と繋がることで、より平明で合理性を持った主張になっています。そして、古代の世界が立体的に立ち上がっていきます。

 

古事記の成立に関する経緯や偽書説への反論などについては、本書ではわずかにしか触れていないので、旧著を先に読んで、著者の古事記に対する考え方を理解した方が分かりやすいかもしれません。

 

ただ、本書のような列伝的に並んだ神々を切り口にして、その背景へと分け入っていくスタイルの方が、より受け容れやすいと感じます。

 

海の出雲

興味深いのは、海と空が交わる水平線に異界を見るのが出雲の世界観であるという著者の考え方です。つまり、天上に神の国、地下に冥界をイメージする世界観とは異なるということです。

 

記紀の冒頭で造化三神のひとりとされるカムムスヒは、冒頭以外の記述から本来は出雲の母神(母親、母性を神格化した神)であることと推測されます。そして、カムムスヒは海との関連が密接です。

 

また、出雲の祖神であるスサノオ須佐之男命)が父神から与えられたのは海原であり、スサノオが隠れたという「根の堅洲国」も地下ではなく海の果てではないかと著者は言います。

 

海の果ての異界というのは沖縄のニライカナイと似ています。

 

島根半島には、今でも葬儀の後、死者の霊を船に乗せて海に還す風習があります。また、若者が人々の顔に墨を塗って歩く小正月の行事も沖縄によく似たものがあります。

 

そうした傍証を踏まえても、著者の「出雲の水平世界観」という推定は正しいように思います。そして、このことは硬直した「日本古来の精神」の見方とは異なる、より深層に流れる日本列島の人々の精神性を浮き上がらせているように思います。

 

敗れ去った者の物語をすくいあげる 

著者は、古事記は勝者の歴史ではなく、敗れ去った者の物語だといいます。そして、ときには歌や笑いを交えながら言葉で語る物語であることが重要だといいます。

 

日本の神話は権威の裏付けのあるテキストにまとめられ、一本のストーリーに仕立てられていますが、世界各地の神話を見ると、断片的な重複も多くみられる短いストーリーのゆるやかな集合になっています。もともとは、日本の神話もそうした形だったのでしょう。

 

本書は、そうした本来の神話の姿を鮮やかに浮き上がらせています。

 

古事記・再発見。 神話に隠された神々の痕跡

三浦佑之

ポプラ社

864円(税込)