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汽水域 Ki-sui-iki

ローカルとオルタナティブ 浸透し混じり合うところに生まれる生態系

初詣は出雲大社へ!? お詣りガイドと本当にヤバい博物館

しまね 出雲大社 出雲旅

新年あけましておめでとうございます。

 

初詣は出雲大社へ。ということで行ってきました。

 

出雲大社は3が日の人出が60万人とも言われています。大都市圏ならともかく、地方でこの数字はかなりのもの。県外から自動車での初詣客も多いとのことです。

 

まあ、そこまで混むならわざわざ行かなくてもいいわけですが、どんな様子なのか気になるので一回くらいいいでしょう。

 

 

車は確実に渋滞しますので、電車に限ります。出雲大社へ直通しているのは、一畑電鉄。今回は松江温泉駅から乗ります。

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京王あたりのおさがりと言われるレトロな電車。ここまで古いと味が出てきます。鉄道ファンならずとも、なにやら凄みが伝わります。

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宍道湖北岸をずーっと走って、川跡。ここで出雲大社行きに乗り換えます。

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一畑電鉄は、松江、出雲、出雲大社の三股路線になっており、接点の乗換駅がこの川跡になります。なので、出雲大社行きでなくても、とりあえず乗って川跡駅で降りればOK。すぐに出雲大社行きが来ます。

 

運がよければ、縁結び列車しまねっこ号に当たります。

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出雲大社前の神門通り。なかなかの人出です。奥に見えるのが、二の鳥居がある勢溜りと呼ばれる場所。

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スタバも行列中

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あえて戻って、一の鳥居に来ました。一畑電鉄出雲大社前駅は、一の鳥居の内側にあるので、こちらは出雲大社とは逆側になります。

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「一の鳥居から詣るのが正式」とか言う人もいますが、たぶん、インチキです。というのも、ここは鉄道駅が開通してからできた新しい道だから。

 

とにかく、車が渋滞中です。臨時の駐車場もつくってるようですが、近いところは満車で入れません。一の鳥居の外側ならなんとかなる感じ。

 

あんまり車はおすすめできません。どうしても車で来る人は、近くの駅に駐車して、そこから電車かシャトルバスを使った方が快適でだと思います。

 

神門通りを抜けると二の鳥居。飲食店や土産物屋はここまで。初詣の時期なので、鳥居を入ってすぐのところに屋台が少々出ていますが、そこから先に店はなく、神域としてのセキュリティレベルが一段上がる感じがします。

 

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しかし、ここからも延々歩くのが出雲大社

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まず最初に見えてくるのが、祓社(はらえのやしろ)。いきなり並んでいます。

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ここは出雲大社の境外摂社のひとつで、まずここで祓い清めてから出雲大社へ詣るのだそうです。ちなみにここは、まだ境内ではなく「境外」なのだそうです。

 

番内さんがいました。地元の町内会では、正月に吉兆さんというお祭りをします。その先頭を歩くのが番内さん。

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お手水も増設中。

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荒垣をくぐりましていよいよ境内。

 

ちなみにここにある鳥居が銅鳥居。江戸時代初期の1666年に毛利綱広から寄進されたもの。関ヶ原の戦いの後、毛利家は防長二カ国の大名となっていましたが、祖父・輝元の頃には出雲を支配しており、どうやら朝鮮出兵を巡って出雲大社と一悶着あったようです。詳しく分かりませんが、この鳥居は和解の意味で贈られたものかもしれません。

 

なお、この鳥居には「素戔嗚尊者雲陽大社神也」と出雲大社の祭神が素戔嗚尊(すさのおのみこと)であるかのような銘文がありますが、その理由は戦国時代までの神仏習合期にそのような伝承があったからのようです。もうちょい細かく言うと、出雲大社別当として支配していた鰐淵寺が蔵王権現を祀っていたのですが、本地垂迹説ではスサノオ本地仏蔵王権現なのだそうです。そういうことから、鎌倉~江戸時代のはじめ頃までは出雲大社の祭神はスサノオノミコトという伝承があったようなのです。

 

余談が長くなりました。

 

こちらが拝殿。しかし、混んでいるので直接本殿の方に詣ります。そういうのやっていいのが、出雲大社。ここらへんが他の神社と違うところ。

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本殿です。普段は入れませんが、お正月だけ特別に八足門の中(内陣)に入れます。帰りがけにお神酒もいただけます。ただし、門内は撮影不可です。

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はい、戻ってきました。こういうかわらけにお神酒をいただきます。

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他にもたくさんあるお詣りスポット

ただし、ここで終わりじゃないのが出雲大社。他にもお詣りスポットがたくさんあります。その気になれば、一日遊べるくらい。

 

一覧はこちら

 

全部は面倒なので、かいつまんで紹介します。

 

まず、素鵞社(そがのやしろ)。素戔嗚尊(すさのおのみこと)を祀った境内摂社で、出雲大社本殿の裏側にあります。

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出雲大社は北側の八雲山を背にして建っており、その八雲山の真下に建つのが、この素鵞社です。とにかく、重要そうな感じがします。そして、混んでいる。

 

巨大なしめ縄で有名な神楽殿もありますが、今回パス。

 

向かって右手、境内を出たところにある北島国造家に詣ります。

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北島家は、南北朝時代から明治維新まで千家家と交代で出雲大社宮司を出した家柄。千家家と並んで、皇室と同じだけ古い家系とされています。

 

現在は、出雲教という宗教団体の形で出雲大社の教えを布教活動しています。ここに至る過程には、明治期の神道改革のあれこれが絡んでくるわけですが、面倒なので省略。

 

陰謀論が好きな人には北島家の方が本筋と言う人もいますが、特にそういうわけでもないみたいです。それも含めて、面倒なので省略。

 

ともかく、こちらもお詣りして損は無いです。

 

そして、巨木が迎えてくれる命主社。北島家よりさらに先の民家の裏手にあります。ここまで来ると、さすがにすいている。

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こちらは、神皇産霊尊(かみむすびのみこと)を祀る神社。記紀神話では、造化三神のひとりとされますが、同格の高皇産霊尊(たかみむすびのみこと)が高天原の知恵袋的に働くのに対し、カミムスビは出雲神を助けます。もともとは母性を神格化した出雲の女性神だったのではないか、と言われています。ついでにいうと、出雲でも東部はイザナミ、西部はタカミムスビと分布が分かれるようです。

 

それはともかく、この神社の裏手からは、真名井遺跡といって銅戈と勾玉が出土しています。つまり、弥生時代の遺跡の跡に建っている神社ということです。おそらく、出雲大社よりも古い古代の聖地なんだろうと思います。

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真名井というのは、「清らかな水の出る井戸」みたいな意味ですが、そういうところには古代の聖地が多い。特に出雲大社のあたりは現在よりも海岸線が近く岬状の地形だったわけで、井戸を掘っても塩水が出やすい。なので、真水が得られるというのは神の恵みのように感じられたのだと思います。

 

ひるがえって、大社向かって左手へ。神在月に神々が到着するという稲佐の浜へ向かいます。こちらが神迎神事の際に神さまを浜から大社へ運ぶ神迎えの道。

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現在、賑わっている神門通りは鉄道開通以降に開けたところで、それよりも古い社前町がこのエリア。江戸時代から続く老舗も多くあります。

 

日本海の荒波が押し寄せる稲佐の浜に出てきました。ここは神在月に神様を迎える場所であると同時に、神話では国譲りの舞台になったところでもあります。

 

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こちらが稲佐の浜のシンボルである弁天島。祠の祭神は豊玉姫とされていますが、江戸時代以前は単に弁天様と呼ばれていたのだと思います。ともかく、海にまつわる女性神、龍蛇神です。

 

ちなみに、神域として禁足地になっているという弥山の山頂と、この弁天島を結ぶラインの上に出雲大社の本殿が立っています。そして、このラインの延長線に沿って山陰の海岸が九州まで続いています。

 

まあ、地図の上に線を引いてあれこれ言い立てるのは、品のいいものではありません。ただ、弥山の頂上まで登れば、このラインが見えるかもしれません。

 

古代出雲歴史博物館へ

ここまで来たら、ぜひ行きたいのが古代出雲歴史博物館。ここに来た方が出雲大社の凄みが分かります。お正月三が日は無料開放でした。

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入ったところにすぐあるのが、宇豆の柱。

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出雲大社本殿前の地下から発見された鎌倉時代の本殿の柱です。地下水の関係で木が腐らずに残っていました。本殿前の床には、赤い丸が描かれていますが、あれがこの柱の立っていたところを表しています。

 

そして、古代に高さ48mの高層神殿が建っていた根拠とされています。

 

続きまして、古代出雲大社の10分の1模型。縮尺しても、だいたい5mくらいあります。

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平安時代出雲大社奈良の大仏殿よりも高かった、とする文献の他、古代の高層神殿を伝える文献は多数残っていたわけですが、物証として鎌倉時代の柱が出てきたことで一気に現実味が増してきました。大手ゼネコンによる構造設計の検証を経て、こちらの復元模型が完成したそうです。

 

四隅突出型墳丘墓の模型もあります。四角い台状の墳丘の四隅からベロのようなものが突き出しているのが特徴です。

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見た目はほぼ古墳ですが、古墳ではなく弥生時代後期の大型墳丘墓と定義されています。とはいえ、どう見てもほとんど古墳です。

 

山陰地方と北陸地方にしか見られないお墓で、どうやらこの地方では1世紀までに青銅器の祭祀が終わり、全国に先駆けて実質的な古墳時代の社会制度に突入していたのではないか、と言われています。そして、これの真似をして発明されたのが、大和朝廷前方後円墳なのではないかと。

 

つまり、邪馬台国以前に古代出雲王朝ともいえる出雲を中心とした日本海沿岸の首長国連邦があり、そのシグニチャー・モニュメントが四隅突出型墳丘墓というわけです。

 

実は、1980年頃まで四隅突出型墳丘墓は、古墳時代中期以降の古墳と考えられており、平成に入ってから、その評価が急変したようです。ともかく、日本の古代史の評価は近年、急激に変化していて、その中心にあるのが出雲。もはや邪馬台国がどこにあるかなんてどうでもいい。

 

四隅突出型を知らずして、日本の古代を語るべからず、です。

 

そして、出ました国宝・荒神谷遺跡出土銅剣。合計358本あります。

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これがどれくらいすごいことかというと、日本全国で見つかった銅剣の総数がまだ1000本いってない。そのうち300本以上が1カ所から出たわけです。まあ、銅剣は1本出るだけでもすごいのに、1カ所から300本以上出るというのは、とにかく特別というしかないです。

 

こちらも国宝。加茂岩倉遺跡出土銅鐸、全部で39個。これも1個出れば凄いもの。

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そもそも、銅が日本列島で発見されたのは奈良時代になってからで、それ以前はすべて大陸から輸入された貴重品でした。それと、同時期に鉄が伝わったことことも手伝って、世界の他の地域とは異なり、日本では青銅器は実用ではなく祭祀の道具として用いられていました。

 

そんなこんなの理由から、銅剣や銅鐸というのは1グループに1個というのが原則です。

 

1カ所から大量に発見された理由については、まだいろんな説がありますが、ともかく、出雲地方に巨大な勢力があったことは間違いないようです。そして、四隅突出型墳丘墓の時代へつながっていくわけです。

 

神話によれば、もともと日本列島は出雲の神である大国主命が持つ国だっと言われています。そして、出雲から国を譲られた結果、天皇を中心とする国になった。そのときの交換条件として建てられたのが大国主命を祀る出雲大社

 

神話はあくまで神話ですが、実際の歴史的事実に基づいたものだったのでは?と思わせてくれるような展示です。そして、出雲大社の神秘性をより深めてくれます。

 

ウサギもいるよ

そんな難しい話はさておき、最後に古代出雲歴史博物館で迎えてくれるウサギたちをご紹介します。

 

おもてなしうさぎ

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かつらうさぎ

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まがたまうさぎ

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くにびきうさぎ

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はまぐりうさぎ

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おしまい